長短経 / 知人
内貞觀而外貞一、則執偽者無地而逃矣。夫空言易設、但責其實事之效、則是非之騐立可見也。」故韓子曰、「人皆寐、盲者不知、人皆黙喑者不識。覺而使之視、問而使之對、則喑、盲窮矣。發齒吻、視毛色、雖良、樂不能必馬、連車蹴駕、試之行途、則臧獲定其駑良。觀青黄、察瑕銷、雖歐冶不能必劍陸斷狗馬、水截蛟龍、雖愚者識其利鈍矣。是知明試貴實、乃聖功也。」〕
新字:内貞観而外貞一、則執偽者無地而逃矣。夫空言易設、但責其実事之効、則是非之騐立可見也。」故韓子曰、「人皆寐、盲者不知、人皆黙喑者不識。覚而使之視、問而使之対、則喑、盲窮矣。発歯吻、視毛色、雖良、楽不能必馬、連車蹴駕、試之行途、則臧獲定其駑良。観青黄、察瑕銷、雖欧冶不能必剣陸断狗馬、水截蛟竜、雖愚者識其利鈍矣。是知明試貴実、乃聖功也。」〕
書き下し
内に貞観にして外に貞一なれば、則ち偽を執る者は逃るるに地無し。夫れ空言は設け易し。但だ其の実事の効を責むれば、則ち是非の験、立ちどころに見る可し」と。故に韓子曰く「人は皆な寐ぬれば、盲者も知られず。人は皆な黙すれば、喑者も識られず。覚まして之をして視せしめ、問いて之をして対えしむれば、則ち喑・盲は窮まる。歯吻を発き、毛色を視るも、良・楽と雖も必ずしも馬あたわず。車に連ね駕を蹴り、之を行途に試むれば、則ち臧獲も其の駑良を定む。青黄を観、瑕銷を察するも、欧冶と雖も必ずしも剣あたわず。狗馬を陸断し、蛟龍を水截すれば、愚者と雖も其の利鈍を識る。是を以て明試は実を貴ぶを知る、乃ち聖功なり」と。〕
現代語訳
内が貞観であり外が貞一であれば、偽りを持つ者には逃げ場がない。そもそも中身のない言葉は簡単に作れる。ただその実際の仕事の成果を問えば、正しいか間違っているかの証拠は、たちどころに見える」。だから韓非子はこう言う。「みなが寝ていれば、盲人であっても分からない。みなが黙っていれば、口のきけない者も分からない。目を覚まさせて見させ、問いかけて答えさせれば、口のきけない者も盲人も行き詰まる。歯と口を開いて見、毛色を見るだけでは、伯楽のような名人でも馬を見分けきれない。車につないで走らせ、道で試してみれば、召使いでも駄馬か良馬かを決められる。刃の色を見、傷を調べるだけでは、欧冶子でも剣を見分けきれない。陸で犬や馬を断ち、水で蛟龍を切ってみれば、愚か者でも切れ味が分かる」。だから明らかな試験は実際を貴ぶと知る。これこそ聖人の功である。〕
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・子張篇叔孫武叔、仲尼を毀る。子貢曰く、「以て為すこと無かれ。仲尼は毀る可からざるなり。他人の賢者は、丘陵なり、猶お踰ゆ可きなり。仲尼は、日月なり、得て踰ゆること無し。人自ら絶たんと欲すと雖も、其れ何ぞ日月を傷らんや。多だ其の量を知らざるを見るなり。」
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『塩鉄論』刺復篇大夫繆然として言わず、蓋し賢良長く嘆息す。御史進みて曰く、太公は文・武を相けて以て天下に王たり、管仲は桓公を相けて以て諸侯に霸たり。故に賢者位を得るは、猶お龍の水を得、騰蛇の霧に遊ぶがごときなり。公孫丞相は春秋を以て先帝に說き、遽かに三公に即き、周・邵の列に處り、萬里の勢に據り、天下の準繩と為り、衣は彩を重ねず、食は味を兼ねず、以て天下に先んず、而も治に益無し。博士の褚泰・徐偃等は、明詔を承け、節を建て傳を馳せ、郡國を巡省し、孝・廉を舉げ、元元を勸む、而も流俗改まらず。賢良・方正・文學の士を招き舉げ、官爵を超遷し、或いは卿大夫に至る、燕昭の士を薦むる、文王の賢を廣むるに非ずや。然り而して未だ功業の成る所を睹ず。殆ど龍蛇の才に非ずして、鹿鳴の賢を樂しむ所ならんか。
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『韓非子』難言第三捷敏辯給にして、文采に繁ければ
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『墨子』兼愛中昔者、文王の西土を治むるや、日の若く月の若く、乍ち四方に光り、西土に于てす。大國を為して小國を侮らず、衆庶を為して鰥寡を侮らず、暴勢を為して穡人の黍稷狗彘を奪わず。天、屑みて文王の慈を臨む。是を以て老いて子無き者は、其の夀を終うるを得る所有り、獨りにして兄弟無き者は、生人の間に雜わる所有り、少くして其の父母を失う者は、放依して長ずる所有り。此れ文王の事なれば、則ち吾れ今、兼を行わん。昔者、武王、將に泰山に事えんとし、隧む。傳に曰く、「泰山よ、道有る曽孫周王、事有り。大事既に獲て、仁人尚く作り、以て商夏蠻夷醜貉を祗む。周親有りと雖も、仁人に若かず。萬方に罪有らば、維れ予れ一人」と。此れ武王の事を言う。吾れ今、兼を行わん。
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尚書・咸有一德七世の廟は、以て徳を観るべし。万夫の長は、以て政を観るべし。
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論語・子張篇陳子禽、子貢に謂いて曰く、「子は恭を為すなり。仲尼豈に子より賢らんや。」子貢曰く、「君子は一言以て知と為し、一言以て不知と為す。言は慎まざる可からざるなり。夫子の及ぶ可からざるや、猶お天の階して升る可からざるがごときなり。夫子の邦家を得たらば、所謂『之を立つれば斯に立ち、之を道けば斯に行き、之を綏んずれば斯に来たり、之を動かせば斯に和す。其の生くるや栄え、其の死するや哀しむ』。之を如何ぞ其れ及ぶ可けんや。」