長短経 / 量才
魏太祖謂郭嘉白「袁本初地廣兵强、吾欲討之、力不能敵、何如?」嘉對曰、「劉、項之不敵、公所知也。漢祖惟智勝、項羽雖强、終為所擒。嘉竊料之、紹有十敗、公有十勝、雖兵强、無能為也。
新字:魏太祖謂郭嘉白「袁本初地広兵強、吾欲討之、力不能敵、何如?」嘉対曰、「劉、項之不敵、公所知也。漢祖惟智勝、項羽雖強、終為所擒。嘉窃料之、紹有十敗、公有十勝、雖兵強、無能為也。
書き下し
魏の太祖、郭嘉に謂いて白く「袁本初は地広く兵強し。吾れ之を討たんと欲するも、力は敵する能わず。何如」と。嘉対えて曰く「劉・項の敵せざるは、公の知る所なり。漢祖は惟だ智のみ勝る。項羽は強しと雖も、終に擒にせらる。嘉竊かに之を料るに、紹に十敗有り、公に十勝有り。兵強しと雖も、能く為すこと無きなり。
現代語訳
魏の太祖(曹操)が郭嘉に言った。「袁本初(袁紹)は領地が広く兵が強い。私はこれを討ちたいと思うが、力では敵わない。どうしたものか」。郭嘉は答えた。「劉邦と項羽が力で釣り合っていなかったことは、公もご存じでしょう。漢の高祖はただ知恵だけが勝っていました。項羽は強かったが、最後は捕らえられました。私がひそかに見るところ、袁紹には十の敗因があり、公には十の勝因があります。兵が強くても、何もできますまい」。
解説
有名な十勝十敗論の入り口です。曹操が正直に力では敵わないと認めるところから始まるのが良い。郭嘉はそれを否定せず、比較する軸そのものを取り替えます。兵力は一つの軸にすぎず、ほかに十の軸がある、と。劣勢にある人が最初にすべきは、力を増やすことではなく、勝負する軸を数え直すことです。この後に続く十項目は、そのまま組織の比較チェックリストとして使えます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
十勝十敗郭嘉曹操袁紹劣勢比較
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