孫子 / 九地篇
所由入者隘,所從歸者迂,彼寡可以擊吾之衆者,為圍地;
新字:所由入者隘,所従帰者迂,彼寡可以撃吾之衆者,為囲地;
書き下し
由りて入る所の者は隘く、従りて帰る所の者は迂く、彼寡なくして以て吾が衆を撃つ可き者を、囲地と為す。
現代語訳
入口が狭く、帰り道が遠回りで、敵は少数でこちらの大軍を叩けるという場所を、囲地という。
解説
第八の地。入りにくく、出にくく、しかも少数の敵に叩かれる場所である。三つの条件が並んでいるのが特徴だ。入口の狭さ、退路の遠さ、そして戦力比の逆転。この三つが揃うと、数の優位が意味を失う。事業でも同じ形がある。参入は難しく、撤退はもっと難しく、しかも規模の大きさが不利に働く領域。大企業が小さな専業に負ける市場は、たいていこの構造をしている。孫子は囲地では謀れと言う。力ではなく知恵を使えという意味である。数で押せない場所に入ってしまったなら、力の使い方そのものを変えるしかない。そもそも、囲地かどうかを入る前に見分けられるのが最善である。入口の狭さは魅力に見えることがあるが、それは出口の狭さでもある。
この章句が説くこと
囲地包囲退路劣勢戦力比知恵
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