長短経 / 量才
〔《經》曰、「夫將雖以詳重為貴、而不可有不決之疑、雖以博訪為能、而不欲有多端之惑。」此論將之妙也。〕
新字:〔《経》曰、「夫将雖以詳重為貴、而不可有不決之疑、雖以博訪為能、而不欲有多端之惑。」此論将之妙也。〕
書き下し
〔経に曰く「夫れ将は詳重を以て貴しと為すと雖も、而も決せざるの疑い有る可からず。博く訪うを以て能と為すと雖も、而も多端の惑い有るを欲せず」と。此れ将を論ずるの妙なり。〕
現代語訳
〔兵法書にこうある。「将たる者は詳しく慎重であることを貴ぶとはいえ、決められない迷いを抱えてはならない。広く意見を聞くことを有能とはいえ、あれこれ迷って惑うようであってはならない」。これが将を論じる妙である。〕
解説
慎重さと広く聞くことは美徳として奨励されてきましたが、その両方に上限があると釘を刺す割注です。慎重は決断しないことの言い訳になり、広く聞くことは迷いを増やす言い訳になる。どちらも裏返りやすい。前段で十万人の将の条件が戦戦慄慄とされていた直後にこれが置かれているのは、恐れを持つことと決められないことは別だ、と分けるためでしょう。怖がりながら決める。それが将の条件です。
この章句が説くこと
決断慎重将迷い意見を聞くリーダーの条件
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