長短経 / 量才
漢魏相書曰、「臣聞《易》曰、『天地以順動、故日月不過、四時不忒、聖人以順動、則刑罰清而人服。』天地變化、必由隂陽。隂陽之分、以日月為紀。各有常職、不得相干。明王謹於尊天、慎於養人。故立羲和之官、以乗四時、敬授人事。君動靜以道、奉順隂陽、則日月光明、風雨時節、寒暑調和。三者得叙、則災害不生、人不夭疾、衣食有餘矣。」此燮理隂陽之大體也、事具《洪範》篇。〕
新字:漢魏相書曰、「臣聞《易》曰、『天地以順動、故日月不過、四時不忒、聖人以順動、則刑罰清而人服。』天地変化、必由陰陽。陰陽之分、以日月為紀。各有常職、不得相干。明王謹於尊天、慎於養人。故立羲和之官、以乗四時、敬授人事。君動静以道、奉順陰陽、則日月光明、風雨時節、寒暑調和。三者得叙、則災害不生、人不夭疾、衣食有余矣。」此燮理陰陽之大体也、事具《洪範》篇。〕
書き下し
漢の魏相の書に曰く「臣聞く、易に曰く『天地は順を以て動く、故に日月過たず、四時忒わず。聖人順を以て動けば、則ち刑罰清くして人服す』と。天地の変化は、必ず陰陽に由る。陰陽の分は、日月を以て紀と為す。各々常職有りて、相干すを得ず。明王は天を尊ぶに謹み、人を養うに慎む。故に羲和の官を立て、以て四時に乗じ、敬みて人事を授く。君の動静、道を以てし、陰陽に奉順すれば、則ち日月光明、風雨時節、寒暑調和す。三者叙を得れば、則ち災害生ぜず、人は夭疾せず、衣食余り有り」と。此れ陰陽を燮理するの大体なり。事は洪範篇に具わる。〕
現代語訳
漢の魏相の上書にこうある。「私が聞くところでは、易にこうあります。『天地は順序に従って動く。だから日月は狂わず、四季は違わない。聖人が順序に従って動けば、刑罰は清明で民は従う』。天地の変化は必ず陰陽によります。陰陽の区分は日月を基準とします。それぞれに定まった職分があり、互いに侵すことはできません。明君は天を尊ぶことに謹み、民を養うことに慎重です。だから羲和の官を置き、四季に合わせて、つつしんで人の仕事の時期を授けました。君主の動きも静けさも道に従い、陰陽に順って奉じれば、日月は明るく、風雨は時節にかない、寒暑は調和します。この三つが順序を得れば、災害は起こらず、人は若死にや病にかからず、衣食に余裕が生まれます」。これが陰陽を調和させることの大筋である。詳しくは洪範篇にある。〕
解説
この章句が説くこと
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