長短経 / 品目
所謂士人者、心有所定、計有所守、雖不能盡道術之本、必有率也、〔率、猶述也。〕雖不能徧百善之美、必有處也。是故智不務多、務審其所知、言不務多、務審其所謂、〔所謂、言之要也。〕行不務多、務審其所由。智既知之、言既得之、〔得其要也。〕行既由之、則若性命形骸之不可易也。富貴不足以益、貧賤不足以損。此則士人也。
新字:所謂士人者、心有所定、計有所守、雖不能尽道術之本、必有率也、〔率、猶述也。〕雖不能遍百善之美、必有処也。是故智不務多、務審其所知、言不務多、務審其所謂、〔所謂、言之要也。〕行不務多、務審其所由。智既知之、言既得之、〔得其要也。〕行既由之、則若性命形骸之不可易也。富貴不足以益、貧賤不足以損。此則士人也。
書き下し
所謂士人なる者は、心に定むる所有り、計に守る所有り。道術の本を尽くす能わずと雖も、必ず率る所有り。〔率は猶お述のごときなり。〕百善の美を遍くする能わずと雖も、必ず処る所有り。是の故に智は多きを務めず、其の知る所を審らかにするを務む。言は多きを務めず、其の謂う所を審らかにするを務む。〔謂う所とは言の要なり。〕行は多きを務めず、其の由る所を審らかにするを務む。智は既に之を知り、言は既に之を得、〔其の要を得るなり。〕行は既に之に由れば、則ち性命形骸の易う可からざるが若きなり。富貴も以て益すに足らず、貧賤も以て損ずるに足らず。此れ則ち士人なり。
現代語訳
士人というのは、心に定めたものがあり、はかりごとに守るものがある。道の術の根本を極めることはできなくても、必ず従うべき筋を持っている。〔率とは述べるということである。〕あらゆる善の美しさを遍く備えることはできなくても、必ず落ち着く場所を持っている。だから知恵は量を求めず、自分が知っていることを確かめることを務めとする。言葉は量を求めず、自分が言おうとしている中身を確かめることを務めとする。〔謂う所とは言葉の要点である。〕行いは量を求めず、自分が拠って立つところを確かめることを務めとする。知恵がすでにそれを知り、言葉がすでにそれをつかみ、〔要点をつかむことである。〕行いがすでにそれに拠っているなら、生まれつきの体が変えられないのと同じように動かない。富貴によって増えることもなく、貧賤によって減ることもない。これが士人である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孔子家語・五儀解公曰く、「何をか士人と謂う。」孔子曰く、「所謂士人なる者は、心に定むる所有り、計に守る所有り。道術の本を尽くす能わずと雖も、必ず率う所有り。百善の美を備える能わずと雖も、必ず処る所有り。是の故に知は多きを務めず、必ず其の知る所を審らかにす。言は多きを務めず、必ず其の謂う所を審らかにす。行いは多きを務めず、必ず其の由る所を審らかにす。智既に之を知り、言既に之を道い、行い既に之に由る。則ち性命の形骸の易うべからざるが若し。富貴も以て益するに足らず、貧賤も以て損するに足らず。此れ則ち士人なり。」
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荀子・哀公篇哀公曰く、善し。敢えて問う、何如なれば斯ち士と謂うべきか、と。孔子対えて曰く、所謂る士なる者は、道術を尽くす能わずと雖も、必ず率(したが)う所有り。美善を遍(あまね)くする能わずと雖も、必ず処(お)る所有り。是の故に知は多きを務めず、其の知る所を審(つまび)らかにするを務む。言は多きを務めず、其の謂う所を審らかにするを務む。行は多きを務めず、其の由る所を審らかにするを務む。故に知は既に已に之を知り、言は既に已に之を謂い、行は既に已に之に由らば、則ち性命・肌膚の易(か)うべからざるが若し。故に富貴も以て益すに足らず、卑賤も以て損ずるに足らず。此くの如くんば則ち士と謂うべし、と。
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『長短経』品目所謂賢なる者は、徳は閑を踰えず、〔閑は法なり。〕行は規縄に中たる。言は天下に法とするに足りて其の身を傷つけず、〔言天下に満つるも口過無きなり。〕道は百姓を化するに足りて本を傷つけず。〔本も亦た身なり。〕富めば則ち天下に菀財無く、〔菀は積なり。〕施せば則ち天下貧に病まず。此れ則ち賢者なり。
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『長短経』品目所謂君子なる者は、言は必ず忠信にして心に忌まず、〔忌は怨害なり。〕仁義身に在りて色に伐らず、思慮通明にして辞に専らならず、篤く行い道を信じ、自強して息まず、油然として将に越ゆ可きが若くにして終に及ぶ可からざる者なり。此れ君子なり。
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『長短経』品目夫れ天下は重器、王者は大統なり。聡明を品材に労し、安逸を任使に獲ざるは莫し。故に孔子曰く「人に五儀有り。庸人有り、士人有り、君子有り、聖有り、賢有り。此の五者を審らかにせば、則ち治道畢れり。所謂庸人なる者は、心に慎終の規を存せず、口に訓格の言を吐かず。〔格は法なり。〕賢を択びて身を託せず、力め行いて以て自ら定めず。小を見て大に闇く、而して務むる所を知らず。物に従うこと流るるが如くにして、執る所を知らず。此れ則ち庸人なり。
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『長短経』知人又た揆徳有り。揆徳とは、其の言忠に行い夷らかに、志を秉りて私無く、施して反を求めず、情は忠にして察かに、貌は拙にして安き者有り、仁心の者と曰う。事変ありて能く治効し、窮して能く達し、身を措きて功を立てて能く遂ぐる有り、知有る者と曰う。富貴にして恭倹にして能く威厳あり、礼有りて驕らざる有り、徳有る者と曰う。〔議に曰く、魚豢云う「貧しければ倹を学ばず、卑しければ恭を学ばず。人の性分に非ず、処る所然らしむるのみ」と。是れ恭倹を別つは、必ず富貴の人に在るを知る。〕隠約にして懾れず、安楽にして奢らず、勲労ありて変ぜず、喜怒に度有る有り、守有る者と曰う。恭敬にして以て君に事え、恩愛にして以て親に事え、情乖きて叛かず、力竭きて違う無き有り、忠孝の者と曰う。此れ之を揆徳と謂う。