智囊 / 剖疑・西門豹
有頃,曰:「嫗何久也?弟子趣之。」復投弟子一人河中。有頃,曰:「弟子何久也?」復使一人趣之。凡投三弟子。豹曰:「是皆女子,不能白事。煩三老為入白之。」復投三老。豹簪筆磬折,向河立待良久,旁觀者皆驚恐。豹顧曰:「巫嫗、三老不還報,奈何?」復欲使廷掾與豪長者一人入趣之。皆叩頭流血,色如死灰。豹曰:「且俟須臾。」須臾,豹曰:「廷掾起矣。河伯不娶婦也。」鄴吏民大驚恐,自是不敢復言河伯娶婦。〔馮述評〕娶婦以免溺,題目甚大。愚民相安於惑也久矣,直斥其妄,人必不信。唯身自往會,簪筆磬折,使眾著於河伯之無靈,而向之行詐者計窮於畏死,雖驅之娶婦,猶不為也,然後弊可永革。
新字:有頃,曰:「嫗何久也?弟子趣之。」復投弟子一人河中。有頃,曰:「弟子何久也?」復使一人趣之。凡投三弟子。豹曰:「是皆女子,不能白事。煩三老為入白之。」復投三老。豹簪筆磬折,向河立待良久,旁観者皆驚恐。豹顧曰:「巫嫗、三老不還報,奈何?」復欲使廷掾与豪長者一人入趣之。皆叩頭流血,色如死灰。豹曰:「且俟須臾。」須臾,豹曰:「廷掾起矣。河伯不娶婦也。」鄴吏民大驚恐,自是不敢復言河伯娶婦。〔馮述評〕娶婦以免溺,題目甚大。愚民相安於惑也久矣,直斥其妄,人必不信。唯身自往会,簪筆磬折,使衆著於河伯之無霊,而向之行詐者計窮於畏死,雖駆之娶婦,猶不為也,然後弊可永革。
書き下し
有頃にして、曰く、「嫗、何ぞ久しきや。弟子、之を趣かせ」と。復た弟子一人を河中に投ず。有頃にして、曰く、「弟子、何ぞ久しきや」と。復た一人をして之を趣かしむ。凡そ三弟子を投ず。豹曰く、「是れ皆な女子にして、事を白す能わず。煩わしく三老、入りて之に白せ」と。復た三老を投ず。豹、筆を簪して磬折し、河に向かいて立ちて良久しく待つ。旁観する者、皆な驚恐す。豹、顧みて曰く、「巫嫗、三老、還りて報ぜず。奈何せん」と。復た廷掾と豪長者の一人をして入りて之を趣かせんと欲す。皆な叩頭して血を流し、色、死灰の如し。豹曰く、「且く須臾を俟て」と。須臾にして、豹曰く、「廷掾、起て。河伯は婦を娶らず」と。鄴の吏民、大いに驚恐し、自ずから敢えて復た河伯の婦を娶ると言わず。〔馮述評〕婦を娶りて以て溺るるを免る。題目甚だ大なり。愚民の惑いに相安んずること久し。直ちに其の妄を斥せば、人必ず信ぜず。唯だ身自ら往きて会し、筆を簪して磬折し、衆をして河伯の霊無きを著らかにせしめ、而して向の詐りを行える者の計、死を畏るるに窮す。之を駆りて婦を娶らしむと雖も、猶お為さざらん。然る後、弊、永く革むべし。
現代語訳
しばらくして、豹は言った。「ばあさんはなぜこんなに遅いのか。弟子よ、急がせてこい」。さらに弟子の一人を河に投げ入れた。しばらくして、言った。「弟子はなぜこんなに遅いのか」。また一人に催促させた。合計で三人の弟子を投げ入れた。豹は言った。「これらは皆女なので、事をうまく伝えられないのだ。三老よ、面倒だが中に入って報告してくれ」。三老をも河に投げ入れた。豹は筆を冠に挿し、腰を深く曲げて河に向かい、長いこと立って待った。見ていた者はみな驚き恐れた。豹は振り向いて言った。「巫のばあさんも三老も戻って報告しない。どうしたものか」。さらに廷掾と有力者の一人に入って催促させようとした。彼らはみな叩頭して血を流し、顔色は死灰のようであった。豹は言った。「しばらく待とう」。しばらくして、豹は言った。「廷掾よ、立て。河伯は嫁を取らないようだ」。鄴の役人や民は大いに驚き恐れ、それ以後、河伯の嫁を取るなどとは言わなくなった。〔馮夢龍の評〕嫁を出して溺れるのを免れるという話は、題目が非常に大きい。愚かな民が惑いに慣れ親しんで久しい。直接その偽りを退けても、人は必ず信じない。ただ自ら出向き、筆を挿して腰を折り、人々に河伯に霊力がないことを明らかに示し、先に偽りを行っていた者の計略は死を恐れて行き詰まった。たとえ彼らを駆り立てて嫁を取らせようとしても、もはややらないだろう。そうしてはじめて、弊害を永久に革められる。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』剖疑・西門豹魏の文侯の時、西門豹、鄴の令たり。長老に会して民の疾苦を問う。長老曰く、「河伯の為に婦を娶るに苦しむ」と。豹、其の故を問う。対えて曰く、「鄴の三老、廷掾、常に歳ごとに民に銭数百万を賦し、二三十万を用いて河伯の為に婦を娶り、祝巫と共に其の余を分かつ。其の時に当たり、巫、行きて人家の女の好き者を視、『是れ当に河伯の婦と為るべし』と云う。即ち洗沐せしめ、新衣に易えしむ。斎宮を河上に治め、絳帷牀席を設け、女を其の中に居らしむ。日を卜して之を河に浮かべ、行くこと数十里にして乃ち滅す。俗語に曰く、『即し河伯の為に婦を娶らざれば、水来たりて漂溺せん』と。人家、多く女を持ちて遠く竄れ、故に城中益ます空し」と。豹曰く、「時に及びて幸いに来たり告げよ。吾も亦た往きて送らんと欲す」と。期に至り、豹、往きて之に河上に会す。三老、官属、豪長者、里長、父老、皆な会し、聚まり観る者数千人。其の大巫は老女子なり。女弟子十人、其の後に従う。豹曰く、「河伯の婦を呼べ」と。既に見え、顧みて三老、巫祝、父老に謂いて曰く、「是の女、佳ならず。煩わしく大巫嫗に入りて河伯に報ぜしめん。更めて好き女を求め、後日に之を送らん」と。即ち吏卒をして共に大巫嫗を抱きて之を河に投ぜしむ。
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史記 滑稽列伝豹其の故を問ふ。対へて曰く、「鄴の三老・廷掾、常に歳々百姓に賦斂し、其の銭を収取すること数百万を得、其の二三十万を用ひて河伯の為に婦を娶り、祝巫と共に其の余銭を分かちて持ち帰る。其の時に当たりて、巫行きて小家の女の好き者を視、是れ当に河伯の婦と為るべしと云ひ、即ち娉取す。之を洗沐し、為に新しき繒綺縠の衣を治め、間居して斎戒せしむ。為に斎宮を河上に治め、緹絳の帷を張り、女其の中に居る。為に牛酒飯食を具へ、行ふこと十余日。共に之を粉飾し、女を嫁する床席の如くし、女をして其の上に居らしめ、之を河中に浮かぶ。始め浮かびて行くこと数十里にして乃ち没す。其の人家の好女有る者は、大巫祝の河伯の為に之を取らんことを恐れ、故を以て多く女を持して遠く逃亡す。故を以て城中益々空しくして人無く、又困貧す。従りて来たる所久遠なり。民人の俗語に曰く、『即し河伯の為に婦を娶らずんば、水来たりて漂没し、其の人民を溺らさん』と云ふ」と。西門豹曰く、「河伯の為に婦を娶る時に至らば、願はくは三老・巫祝・父老、女を河上に送るに、幸ひに来たりて之を告語せよ。吾も亦往きて女を送らん」と。皆曰く、「諾」と。其の時に至り、西門豹往きて之に河上に会す。三老・官属・豪長者・里の父老皆会し、人民の往きて之を観る者を以て三二千人。其の巫は老女子なり。已に年七十。従ふ弟子の女十人所、皆繒の単衣を衣て、大巫の後ろに立つ。西門豹曰く、「河伯の婦を呼び来たれ。其の好醜を視ん」と。即ち女を将ゐて帷中より出だし、来たりて前に至る。豹之を視て、顧みて三老・巫祝・父老に謂ひて曰く、「是の女子は好からず。大巫嫗を煩はして為に入りて河伯に報ぜしめ、更に好女を求むるを得て、後日之を送らん」と。即ち吏卒をして共に大巫嫗を抱へて之を河中に投ぜしむ。頃有りて曰く、「巫嫗何ぞ久しきや。弟子之を趣(うなが)せ」と。復た弟子一人を以て河中に投ず。頃有りて曰く、「弟子何ぞ久しきや。復た一人をして之を趣さしめよ」と。復た一弟子を河中に投ず。
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史記 滑稽列伝凡そ三弟子を投ず。西門豹曰く、「巫嫗・弟子は是れ女子なり。事を白す能はず。三老を煩はして為に入りて之を白さしめん」と。復た三老を河中に投ず。西門豹、筆を簪にし磬折して、河に向かひて立ちて待つこと良久し。長老・吏の傍観する者皆驚恐す。西門豹顧みて曰く、「巫嫗・三老来たり還らず。之を奈何せん」と。復た廷掾と豪長者一人とをして入りて之を趣さしめんと欲す。皆叩頭し、叩頭して且に破れんとし、額の血地に流れ、色死灰の如し。西門豹曰く、「諾。且く留まりて之を待つこと須臾せん」と。須臾にして、豹曰く、「廷掾起て。状は河伯の客を留むることの久しきがごとし。若(なんぢ)ら皆罷め去りて帰れ」と。鄴の吏民大いに驚恐し、是より以後、敢へて復た河伯の為に婦を娶ると言はず。西門豹即ち民を発して十二渠を鑿ち、河水を引きて民田に灌ぐ。田皆溉(そそ)がる。其の時に当たりて、民、渠を治むること少しく煩苦し、欲せず。豹曰く、「民は与に成るを楽しむ可きも、与に始めを慮る可からず。今、父老子弟我を患苦すと雖も、然れども百歳の後、父老子孫をして我が言を思はしめんことを期す」と。今に至るまで皆水利を得、民人以て給足して富む。十二渠は馳道を経絶す。漢の立つに到り、而して長吏以為へらく、十二渠の橋は馳道を絶ち、相比近して不可なりと。渠水を合はせ、馳道に至るに且(およ)びて三渠を合はせて一橋と為さんと欲す。鄴の民人父老、肯へて長吏に聴かず。以為へらく、西門君の為す所なり、賢君の法式は更む可からずと。長吏終に聴きて之を置く。故に西門豹鄴の令と為り、名は天下に聞こえ、沢は後世に流れ、絶え已む時無し。幾ど賢大夫に非ずと謂ふ可けんや。伝に曰く、「子産鄭を治め、民欺く能はず。子賤単父を治め、民欺くに忍びず。西門豹鄴を治め、民敢へて欺かず」と。三子の才能、誰か最も賢なるや。治を弁ずる者は当に能く之を別つべし。
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『淮南子』人間訓西門豹 鄴を治むるに、廩に積粟無く、府に儲錢無く、庫に甲兵無く、官に計會無し。人 數々其の過を文侯に言う。文侯 身ら其の縣を行くに、果たして人の言の若し。文侯曰く「翟璜 子に任じて鄴を治めしむるに、大いに亂る。子 能く道わば則ち可なり。能わずんば、將に誅を子に加えんとす」と。西門豹曰く「臣 聞く、王主は民を富まし、霸主は武を富まし、亡國は庫を富ますと。今 王 霸王爲らんと欲する者なり。臣 故に民に蓄積す。君 以て然らずと爲さば、臣 請う、城に升りて之を鼓せん。甲兵 粟米 立ちどころに具わる可きなり」と。是に於いて乃ち城に升りて之を鼓す。一たび鼓すれば、民 甲を被り矢を括り、兵弩を操りて出づ。再び鼓すれば、輦を負い粟あって至る。文侯曰く「之を罷めよ」と。西門豹曰く「民と信を約するは、一日の積に非ざるなり。一舉にして之を欺かば、後 復た用う可からざるなり。燕 常に魏の八城を侵す。臣 請う、北のかた之を擊ちて、以て侵地を復せん」と。遂に兵を舉げて燕を擊ち、地を復して而る後に反る。此れ罪有りて賞す可き者なり。
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『智囊』剖疑・宋均・李德裕光武の時、宋均、九江太守たり。属する所の濬遒県に唐、後の二山有り、民、共に之を祠る。諸巫、初め民家の男女を取りて以て公嫗と為し、後に沿いて例と為す。民家、遂に相戒めて敢えて娶嫁せざるに至る。均、至るや、乃ち教を下す。「自後、凡そ祠山の為に娶る者は、皆な巫家の女を娶れ。良民を擾すこと勿かれ」と。未だ幾ばくならずして祠、絶ゆ。宝暦中、亳州に「聖水」出ずると云い、之を服せば宿疾愈ゆ。洛より江西に自るまで数十郡の人、争いて金を施して往きて汲み、利を獲ること千万、人、転た相惑う。李徳裕、浙西に在り、大市に於いて人を集めて釜を置かしめ、其の水を取り、豚肉五斤を用いて煮て、云う、「若し聖水ならば、肉は当に故の如くなるべし」と。須臾にして肉、爛る。此れより人心稍や定まり、妖も亦た尋いで敗る。
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戦国策・西門豹為鄴令西門豹鄴の令と為り、魏文侯に辞す。文侯曰わく、「子往け、必ず子の功を就(な)し、子の名を成さん。」西門豹曰わく、「敢えて問う、功を就し名を成すに、亦術有りや。」文侯曰わく、「之有り。夫れ郷邑の老者にして先ず坐を受くるの士は、子入りて其の賢良の士を問いて之に師事し、其の人の美を掩(おお)い人の醜を揚ぐるを好む者を求めて之を参験せよ。夫れ物相類して非なる者多し、幽莠(ゆうゆう)の幼きや禾(か)に似、驪牛(りぎゅう)の黄なるや虎に似、白骨は象に疑われ、武夫は玉に類す、此れ皆似て非なる者なり。」
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