戦国策 / 西門豹為鄴令
西門豹為鄴令,而辭乎魏文侯。文侯曰:「子往矣,必就子之功,而成子之名。」西門豹曰:「敢問就功成名,亦有術乎?」文侯曰:「有之。夫鄉邑老者而先受坐之士,子入而問其賢良之士而師事之,求其好掩人之美而揚人之醜者而參驗之。夫物多相類而非也,幽莠之幼也似禾,驪牛之黃也似虎,白骨疑象,武夫類玉,此皆似之而非者也。」
新字:西門豹為鄴令,而辞乎魏文侯。文侯曰:「子往矣,必就子之功,而成子之名。」西門豹曰:「敢問就功成名,亦有術乎?」文侯曰:「有之。夫鄉邑老者而先受坐之士,子入而問其賢良之士而師事之,求其好掩人之美而揚人之醜者而参験之。夫物多相類而非也,幽莠之幼也似禾,驪牛之黄也似虎,白骨疑象,武夫類玉,此皆似之而非者也。」
書き下し
西門豹鄴の令と為り、魏文侯に辞す。文侯曰わく、「子往け、必ず子の功を就(な)し、子の名を成さん。」西門豹曰わく、「敢えて問う、功を就し名を成すに、亦術有りや。」文侯曰わく、「之有り。夫れ郷邑の老者にして先ず坐を受くるの士は、子入りて其の賢良の士を問いて之に師事し、其の人の美を掩(おお)い人の醜を揚ぐるを好む者を求めて之を参験せよ。夫れ物相類して非なる者多し、幽莠(ゆうゆう)の幼きや禾(か)に似、驪牛(りぎゅう)の黄なるや虎に似、白骨は象に疑われ、武夫は玉に類す、此れ皆似て非なる者なり。」
現代語訳
西門豹が鄴の県令に任命され、魏の文侯のもとへ暇乞いに参った。文侯は言った。「そなた、任地へ行くがよい。必ずそなたの功績を成し遂げ、そなたの名声を築くことになろう。」西門豹は言った。「あえてお尋ねいたします。功績を成し名声を築くには、何か秘訣がございましょうか。」文侯は言った。「ある。そもそも郷里の年長者で真っ先に上座に招かれるような人物については、そなたが着任したら、その中で賢く善良な士を見極めて師として仕えよ。そして、人の美点を隠し人の欠点をことさら言い立てるのを好むような者を見つけ出し、その言動を照らし合わせて確かめるがよい。そもそも物事には、似ていながら実は違うものが多い。毒草である幽莠の若芽は稲に似ており、黒毛の牛の黄色い部分は虎の模様に似ており、白骨は象牙と見紛われ、見かけの立派な男は美しい玉のように思われる。これらはみな、似ていながら実は本物ではないものなのだ。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・政理魏の文侯、西門豹をして往きて鄴を治めしむ。之に告げて曰く、「必ず功を全うし名を成し義を布け。」豹曰く、「敢えて問う、功を全うし名を成し義を布くこと、之を為すこと奈何。」文侯曰く、「子往け。是れ邑として賢豪辨博なる者有らざるは無く、邑として人の惡を揚げ人の善を蔽うを好む者有らざるは無し。往かば必ず豪賢なる者を問いて、因りて之に親しめ。其の辨博なる者は、因りて之を師とせよ。其の人の惡を揚げ人の善を蔽うを好む者を問いて、因りて之を察せよ。特聞を以て事に從うべからず。夫れ耳に之を聞くは目に之を見るに如かず、目に之を見るは足に之を踐むに如かず、足に之を踐むは手に之を辨ずるに如かず。人始めて官に入るは、晦室に入るが如し。久しくして愈々明らかなり。明らかにして乃ち治まり、治まりて乃ち行わる。」
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『淮南子』人間訓西門豹 鄴を治むるに、廩に積粟無く、府に儲錢無く、庫に甲兵無く、官に計會無し。人 數々其の過を文侯に言う。文侯 身ら其の縣を行くに、果たして人の言の若し。文侯曰く「翟璜 子に任じて鄴を治めしむるに、大いに亂る。子 能く道わば則ち可なり。能わずんば、將に誅を子に加えんとす」と。西門豹曰く「臣 聞く、王主は民を富まし、霸主は武を富まし、亡國は庫を富ますと。今 王 霸王爲らんと欲する者なり。臣 故に民に蓄積す。君 以て然らずと爲さば、臣 請う、城に升りて之を鼓せん。甲兵 粟米 立ちどころに具わる可きなり」と。是に於いて乃ち城に升りて之を鼓す。一たび鼓すれば、民 甲を被り矢を括り、兵弩を操りて出づ。再び鼓すれば、輦を負い粟あって至る。文侯曰く「之を罷めよ」と。西門豹曰く「民と信を約するは、一日の積に非ざるなり。一舉にして之を欺かば、後 復た用う可からざるなり。燕 常に魏の八城を侵す。臣 請う、北のかた之を擊ちて、以て侵地を復せん」と。遂に兵を舉げて燕を擊ち、地を復して而る後に反る。此れ罪有りて賞す可き者なり。
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『韓非子』外儲說左下第三十三往年臣君の為に鄴を治むるに、而るに君臣の璽を奪う。今臣左右の為に鄴を治むるに、而るに君臣を拜す。臣治むること能わず。
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呂氏春秋・樂成⑤魏の襄王、群臣と飲し、酒酣にして、王、群臣の為に祝し、群臣をして皆志を得しめんとす。史起興ちて對えて曰く、「群臣に賢なる或り不肖なる或り。賢なる者志を得るは則ち可なり、不肖なる者志を得るは則ち不可なり。」王曰く、「皆西門豹の人臣為るが如きなり。」史起對えて曰く、「魏氏の田を行うや百畝を以てす。鄴獨り二百畝なり。是れ田惡しきなり。漳水、其の旁に在れども、西門豹、用うるを知らず。是れ其れ愚なり。知りて言わざるは、是れ不忠なり。愚と不忠とは、效う可からざるなり。」魏王以て之に應うる無し。明日、史起を召して焉に問いて曰く、「漳水は猶ほ以て鄴の田に灌ぐ可きか。」史起對えて曰く、「可なり。」王曰く、「子何ぞ寡人の為に之を為さざる。」史起曰く、「臣、王の為すこと能わざるを恐るるなり。」王曰く、「子誠に能く寡人の為に之を為さば、寡人盡く子に聽かん。」史起敬みて諾し、之を王に言いて曰く、「臣、之を為せば、民必ず大いに臣を怨まん。大なれば死し、其の次は乃ち臣を籍せん。臣死藉せらると雖も、願わくは王の他人をして之を遂げしめんことを。」王曰く、「諾。」之をして鄴の令為らしむ。史起因りて往きて之を為す。鄴の民大いに怨み、史起を籍せんと欲す。史起敢て出でずして之を避く。王乃ち他人をして之を遂為せしむ。水已に行き、民大いに其の利を得、相與に之を歌いて曰く、「鄴に聖令有り、時れ史公為り、漳水を決し、鄴の旁に灌ぐ。終古の斥鹵、之の稻粱を生ず。」民をして可と不可とを知らしむれば、則ち用うる所無し。賢主忠臣、愚を導き陋を教うる能わざれば、則ち名後に冠せず、實世に及ばず。史起、化を知らざるに非ざるなり、主に忠なるを以てなり。魏の襄王は能く善を決すと謂う可し。誠に能く善を決すれば、衆諠譁すと雖も變を為さず。功の立ち難きや、其れ必ず哅哅に由るか。國の殘亡も亦た猶ほ此くのごときなり。故に哅哅の中、味わざる可からざるなり。中主は之が哅哅を以て善を止め。賢主は之が哅哅を以て功を立つるなり。
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戦国策・魯仲連謂孟嘗魯仲連孟嘗に謂ふ、「君士を好むなり。雍門椒亦を養ひ、陽得子を養ひ、飲食・衣裘之と之を同じくし、皆其の死を得たり。今君の家二公より富めるも、士未だ君の爲に盡く游ぶ者有らざるなり。」君曰く、「文是の二人を得ざるが故なり。文をして二人を得しめば、豈に獨り盡くさざらんや。」對へて曰く、「君の廄馬百乘、繡衣を被りて菽粟を食らはざる無し、豈に騏麟騄耳有らんや。後宮十妃、皆縞紵を衣、梁肉を食らふ、豈に毛廧・西施有らんや。色と馬とは今の世に取り、士何ぞ必ずしも古を待たんや。故に君の士を好むこと未だしと曰ふなり。」
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戦国策・孟嘗君有舍人而弗悅孟嘗君舍人有りて悅ばず、之を逐はんと欲す。魯連孟嘗君に謂ひて曰く、「猿獮猴木を錯(お)き水に據らば、則ち魚鱉に若かず。險を歴(へ)危を乘らば、則ち騏驥狐狸に如かず。曹沫三尺の劍を奮ふや、一軍當る能はず。曹沫をして其の三尺の劍を釋(す)てて、銚鎒(ようどう)を操りて農夫と壟畝の中に居らしめば、則ち農夫に若かず。故に物其の長ずる所を舍てて、其の短なる所に之けば、堯も亦た及ばざる所有らん。今人をして能はざらしむれば、則ち之を不肖と謂ひ、人に教へて能はざれば、則ち之を拙と謂ふ。拙なれば則ち之を罷め、不肖なれば則ち之を棄つ、人をして棄逐せらるる有らしめ、相與に處らずして、來りて害を相ひ報ゆる者、豈に世の教を立つるの首に非ずや。」孟嘗君曰く、「善し。」乃ち逐はず。