茶の本 / 第七章 茶の宗匠・茶わんをなげうって粉砕する
おのおの順次に茶をすすめられ、順次に黙々としてこれを飲みほして、最後に主人が飲む。定式に従って、主賓がそこでお茶器拝見を願う。利休は例の掛け物とともにいろいろな品を客の前におく。皆の者がその美しさをたたえて後、利休はその器を一つずつ一座の者へ形見として贈る。茶わんのみは自分でとっておく。「不幸の人のくちびるによって不浄になった器は決して再び人間には使用させない。」と言ってかれはこれをなげうって粉砕する。
書き下し
おのおの順次に茶をすすめられ、順次に黙々としてこれを飲みほして、最後に主人が飲む。定式に従って、主賓がそこでお茶器拝見を願う。利休は例の掛け物とともに、いろいろな品を客の前におく。皆の者がその美しさをたたえて後、利休はその器を一つずつ一座の者へ形見として贈る。茶わんのみは自分でとっておく。「不幸の人のくちびるによって不浄になった器は、決して再び人間には使用させない」と言って、かれはこれをなげうって粉砕する。
現代語訳
それぞれ順に茶を勧められ、順に黙って飲み干し、最後に主人が飲みます。定めの形に従って、主賓がそこで茶器の拝見を願います。利休はその掛け物とともに、いろいろな品を客の前に置きます。皆がその美しさを讃えた後、利休はその器を一つずつ一座の者へ形見として贈ります。茶碗だけは自分で取っておきます。不幸の人の唇によって汚れた器は、決して再び人に使わせない、と言って、彼はこれを投げうって砕きます。
解説
形見分けが終わり、茶碗だけが残されます。そして砕かれる。理由は、不幸の人の唇で汚れた器を人に使わせないため。自分の死の影を他人に残さないという配慮です。第六章で、色あせた花を川に流し土に埋めた作法を思い出せば、これは最後の始末でもあります。名品を惜しまず壊す判断が、第三章で木の仏を焼いた僧と同じ地平にあることも見えてきます。
この章句が説くこと
形見茶碗始末配慮破壊
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