茶の本 / 第七章 茶の宗匠・美を友として世を送った人
美を友として世を送った人のみが麗しい往生をすることができる。大宗匠たちの臨終はその生涯と同様に絶妙都雅なものであった。彼らは常に宇宙の大調和と和しようと努め、いつでも冥土へ行くの覚悟をしていた。利休の「最後の茶の湯」は悲壮の極として永久にかがやくであろう。
書き下し
美を友として世を送った人のみが麗しい往生をすることができる。大宗匠たちの臨終は、その生涯と同様に絶妙都雅なものであった。彼らは常に宇宙の大調和と和しようと努め、いつでも冥土へ行くの覚悟をしていた。利休の「最後の茶の湯」は悲壮の極として永久にかがやくであろう。
現代語訳
美を友として世を過ごした人だけが、美しい往生をすることができます。大宗匠たちの臨終は、その生涯と同じく絶妙で雅やかなものでした。彼らは常に宇宙の大きな調和と和そうと努め、いつでも冥土へ行く覚悟をしていました。利休の最後の茶の湯は、悲壮の極みとして永久に輝くでしょう。
解説
死に方が生き方の帰結として語られます。美を友として生きた人だけが美しく死ねる。取り繕いのきかない場面だから、日々の積み重ねがそのまま出るという理屈です。そして利休の最後の茶会が予告される。第一章で、武士道が死の術、茶道が生の術だと述べたこの本が、最後に茶人の死を描いて閉じる。生の術を極めた人の死がどうであったかで、答えを出そうとしています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
死生涯覚悟調和利休
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