茶の本 / 第七章 茶の宗匠・列子のごとく風に御する
この人生という、愚かな苦労の波の騒がしい海の上の生活を、適当に律してゆく道を知らない人々は、外観は幸福に、安んじているようにと努めながらも、そのかいもなく絶えず悲惨な状態にいる。われわれは心の安定を保とうとしてはよろめき、水平線上に浮かぶ雲にことごとく暴風雨の前兆を見る。しかしながら、永遠に向かって押し寄せる波濤のうねりの中に、喜びと美しさが存している。何ゆえにその心をくまないのであるか、また列子のごとく風そのものに御しないのであるか。
書き下し
この人生という、愚かな苦労の波の騒がしい海の上の生活を、適当に律してゆく道を知らない人々は、外観は幸福に、安んじているようにと努めながらも、そのかいもなく絶えず悲惨な状態にいる。われわれは心の安定を保とうとしてはよろめき、水平線上に浮かぶ雲にことごとく暴風雨の前兆を見る。しかしながら、永遠に向かって押し寄せる波濤のうねりのなかに、喜びと美しさが存している。何ゆえにその心をくまないのであるか、また列子のごとく風そのものに御しないのであるか。
現代語訳
この人生という、愚かな苦労の波が騒がしい海の上の生活を、うまく律していく道を知らない人々は、外見は幸福で安らかであるように努めながらも、その甲斐もなく絶えず悲惨な状態にいます。私たちは心の安定を保とうとしてよろめき、水平線に浮かぶ雲のすべてに暴風雨の前兆を見ます。しかし、永遠に向かって押し寄せる波のうねりの中に、喜びと美しさがあります。なぜその心を汲まないのでしょうか。また列子のように風そのものに乗らないのでしょうか。
解説
生の術を知らない人の姿が描かれます。幸福そうに見せようと努めながら、雲を見ればすべて嵐の前兆に見える。安定を求めるほど不安になるという逆説です。答えは、波を止めようとせず、波のうねりの中に美を見ること。第三章で触れた列子の風に乗る話が再び引かれ、逆らわずに乗るという道教の姿勢が、生き方の結論として置かれます。
この章句が説くこと
生の術不安波列子順応
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