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茶の本 / 第三章 道教と禅道・士にとって人生の三宝

生の術をきわめた人は、道教徒の言うところの「士」であった。士は生まれると夢の国に入る、ただ死に当たって現実にめざめようとするように。おのが身を世に知れず隠さんために、みずからの聡明の光を和らげ、「予として冬、川を渉るがごとく、猶として四隣をおそるるがごとく、儼としてそれ客のごとく、渙として冰のまさに釈けんとするがごとく、敦としてそれ樸のごとく、曠としてそれ谷のごとく、渾としてそれ濁るがごとし(二二)。」士にとって人生の三宝は、慈、倹、および「あえて天下の先とならず(二三)。」ということであった。

書き下し

生の術をきわめた人は、道教徒の言うところの「士」であった。士は生まれると夢の国に入る、ただ死に当たって現実にめざめようとするように。おのが身を世に知れず隠さんために、みずからの聡明の光を和らげ、「予として冬、川を渉るがごとく、猶として四隣をおそるるがごとく、儼としてそれ客のごとく、渙として冰のまさに釈けんとするがごとく、敦としてそれ樸のごとく、曠としてそれ谷のごとく、渾としてそれ濁るがごとし」。士にとって人生の三宝は、慈、倹、および「あえて天下の先とならず」ということであった。

現代語訳

生の術を極めた人は、道教の徒が言うところの士でした。士は生まれると夢の国に入ります。ただ死にあたって現実に目覚めようとするかのように。自分の身を世に知られず隠すために、自らの聡明さの光を和らげ、ためらうように冬の川を渉るごとく、疑うように四方の隣を恐れるごとく、厳かに客のごとく、溶けるように氷がまさに解けようとするごとく、素朴に切り出したばかりの木のごとく、がらんと谷のごとく、混じって濁っているごとくある。士にとって人生の三つの宝は、慈しみ、つつましさ、そして、あえて天下の先頭に立たない、ということでした。

解説

道教の理想の人物像が、七つの比喩で描かれます。冬の川を渉るようにためらい、客のように控え、氷のように解け、切り出した木のように素朴で、谷のようにがらんとして、濁っているように混じる。どれも、鋭さや際立ちを避ける方向です。そして三宝が挙げられます。慈しみ、つつましさ、先頭に立たないこと。『老子』第六十七章の三宝で、才能を隠せという前段の話が、ここで人物の型として完成します。

この章句が説くこと

慎み三宝素朴無名

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