茶の本 / 第六章 花・天・地・人の三原理
時の余裕があれば、この時代の幾多の花の宗匠の定めた生花の法則になお詳細に立ち入って、徳川時代の装飾を支配していた根本原理を明らかにすること(そうすれば明らかになると思われるが)は興味あることであろう。彼らは導く原理(天)、従う原理(地)、和の原理(人)のことを述べている、そしてこれらの原理をかたどらない生花は没趣味な死んだ花であると考えられた。また花を、正式、半正式、略式の三つの異なった姿に生ける必要を詳述している。第一は舞踏場へ出るものものしい服装をした花の姿を現わし、第二はゆったりとした趣のある午後服の姿を現わし、第三は閨房にある美しい平常着の姿を現わすともいわれよう。
書き下し
時の余裕があれば、この時代の幾多の花の宗匠の定めた生花の法則になお詳細に立ち入って、徳川時代の装飾を支配していた根本原理を明らかにすることは、興味あることであろう。彼らは導く原理、従う原理、和の原理のことを述べている。そしてこれらの原理をかたどらない生花は、没趣味な死んだ花であると考えられた。また花を、正式、半正式、略式の三つの異なった姿に生ける必要を詳述している。第一は舞踏場へ出るものものしい服装をした花の姿を現わし、第二はゆったりとした趣のある午後服の姿を現わし、第三は閨房にある美しい平常着の姿を現わすともいわれよう。
現代語訳
時間の余裕があれば、この時代の多くの花の宗匠が定めた生け花の法則にさらに詳しく立ち入って、徳川時代の装飾を支配していた根本の原理を明らかにするのも興味深いことでしょう。彼らは、導く原理である天、従う原理である地、和らげる原理である人について述べています。そしてこれらの原理をかたどらない生け花は、趣味のない死んだ花だと考えられました。また花を、正式、半正式、略式の三つの異なる姿に生ける必要を詳しく述べています。第一は舞踏場へ出る物々しい服装をした花の姿を表し、第二はゆったりとした趣のある午後の服の姿を表し、第三は寝室にある美しい平常着の姿を表すとも言えるでしょう。
解説
生け花の骨組みが、天地人の三原理として示されます。導くもの、従うもの、和らげるもの。三つの枝の高さと向きに、この関係が写されます。そして格の使い分けが、服装の比喩で欧米の読者に説明される。正装、午後の服、平常着。同じ人が場面で装いを変えるように、花も場面で姿を変える。抽象的な法則を、誰もが知る日常に置き換えて渡す手際です。
この章句が説くこと
天地人格式原理使い分け構成
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