茶の本 / 第六章 花・雪が積む時は白梅を用いない
しかし茶人たちの花の尊崇は、ただ彼らの審美的儀式の一部をなしたに過ぎないのであって、それだけが独立して、別の儀式をなしてはいなかったという事を忘れてはならぬ。生花は茶室にある他の美術品と同様に、装飾の全配合に従属的なものであった。ゆえに石州は「雪が庭に積んでいる時は白い梅花を用いてはならぬ。」と規定した。「けばけばしい」花は無情にも茶室から遠ざけられた。茶人の生けた生花はその本来の目的の場所から取り去ればその趣旨を失うものである。と言うのは、その線やつり合いは特にその周囲のものとの配合を考えてくふうしてあるのであるから。
書き下し
しかし茶人たちの花の尊崇は、ただ彼らの審美的儀式の一部をなしたに過ぎないのであって、それだけが独立して、別の儀式をなしてはいなかったという事を忘れてはならぬ。生花は茶室にある他の美術品と同様に、装飾の全配合に従属的なものであった。ゆえに石州は「雪が庭に積んでいる時は白い梅花を用いてはならぬ」と規定した。「けばけばしい」花は無情にも茶室から遠ざけられた。茶人の生けた生花は、その本来の目的の場所から取り去ればその趣旨を失うものである。と言うのは、その線やつり合いは、特にその周囲のものとの配合を考えてくふうしてあるのであるから。
現代語訳
しかし茶人たちの花への崇敬は、ただ彼らの美的な儀式の一部を成したにすぎず、それだけが独立して別の儀式を成していたのではないことを忘れてはなりません。生け花は茶室にある他の美術品と同じく、装飾の全体の配合に従うものでした。ですから石州は、雪が庭に積んでいるときは白い梅の花を用いてはならないと定めました。けばけばしい花は無情にも茶室から遠ざけられました。茶人が生けた花は、本来の目的の場所から取り去ればその趣旨を失います。その線や釣り合いは、とくに周囲のものとの配合を考えて工夫されているからです。
解説
花は主役として礼を受けるが、独立した主役ではない。この微妙な位置づけが説明されます。雪の日に白梅を使わないという規則は、第四章の重複を避ける原則の適用です。そして重要な指摘が最後に来ます。茶人の生けた花は、その場所から動かすと意味を失う。作品が場所と不可分だという考え方で、美術館に移して展示できないものが世の中にあることを示しています。
この章句が説くこと
配合従属場所重複規則
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