茶の本 / 第六章 花・星の涙のしたたりの花よ
星の涙のしたたりのやさしい花よ、園に立って、日の光や露の玉をたたえて歌う蜜蜂に、会釈してうなずいている花よ、お前たちは、お前たちを待ち構えている恐ろしい運命を承知しているのか。夏のそよ風にあたって、そうしていられる間、いつまでも夢を見て、風に揺られて浮かれ気分で暮らすがよい。あすにも無慈悲な手が咽喉を取り巻くだろう。お前はよじ取られて手足を一つ一つ引きさかれ、お前の静かな家から連れて行ってしまわれるだろう。そのあさましの者はすてきな美人であるかもしれぬ。そして、お前の血でその女の指がまだ湿っている間は、「まあなんて美しい花だこと。」というかもしれぬ。だがね、これが親切なことだろうか。お前が、無情なやつだと承知している者の髪の中に閉じ込められたり、もしお前が人間であったらまともに見向いてくれそうにもない人のボタン穴にさされたりするのが、お前の宿命なのかもしれない。何か狭い器に監禁せられて、ただわずかのたまり水によって、命の衰え行くのを警告する狂わんばかりの渇を止めているのもお前の運命なのかもしれぬ。
書き下し
星の涙のしたたりのやさしい花よ、園に立って、日の光や露の玉をたたえて歌う蜜蜂に、会釈してうなずいている花よ、お前たちは、お前たちを待ち構えている恐ろしい運命を承知しているのか。夏のそよ風にあたって、そうしていられる間、いつまでも夢を見て、風に揺られて浮かれ気分で暮らすがよい。あすにも無慈悲な手が咽喉を取り巻くだろう。お前はよじ取られて手足を一つ一つ引きさかれ、お前の静かな家から連れて行ってしまわれるだろう。そのあさましの者はすてきな美人であるかもしれぬ。そして、お前の血でその女の指がまだ湿っている間は、「まあなんて美しい花だこと」というかもしれぬ。だがね、これが親切なことだろうか。お前が、無情なやつだと承知している者の髪のなかに閉じ込められたり、もしお前が人間であったら、まともに見向いてくれそうにもない人のボタン穴にさされたりするのが、お前の宿命なのかもしれない。何か狭い器に監禁せられて、ただわずかのたまり水によって、命の衰え行くのを警告する狂わんばかりの渇を止めているのもお前の運命なのかもしれぬ。
現代語訳
星の涙の滴りのようなやさしい花よ、庭に立って、日の光や露の玉を讃えて歌う蜜蜂に会釈してうなずいている花よ、お前たちは、お前たちを待ち構えている恐ろしい運命を知っているのか。夏のそよ風に当たって、そうしていられる間は、いつまでも夢を見て、風に揺られて浮かれ気分で暮らすがよい。明日にも無慈悲な手が喉を取り巻くだろう。お前はもぎ取られて手足を一つ一つ引き裂かれ、静かな家から連れて行かれてしまうだろう。その浅ましい者は素敵な美人かもしれない。そしてお前の血でその女の指がまだ湿っている間は、まあ何て美しい花だこと、と言うかもしれない。だがね、これが親切なことだろうか。お前が、無情なやつだと知っている者の髪の中に閉じ込められたり、もしお前が人間だったらまともに見向いてもくれない人のボタン穴に挿されたりするのが、お前の宿命なのかもしれない。何か狭い器に監禁されて、わずかの溜まり水で、命が衰えていくのを警告する狂わんばかりの渇きを止めているのも、お前の運命なのかもしれない。
解説
この章句が説くこと
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