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茶の本 / 第五章 芸術鑑賞・伯牙の琴

ついに伯牙という琴の名手が現われた。御しがたい馬をしずめようとする人のごとく、彼はやさしく琴を撫し、静かに弦をたたいた。自然と四季を歌い、高山を歌い、流水を歌えば、その古桐の追憶はすべて呼び起こされた。再び和らかい春風はその枝の間に戯れた。峡谷をおどりながら下ってゆく若い奔流は、つぼみの花に向かって笑った。たちまち聞こえるのは夢のごとき、数知れぬ夏の虫の声、雨のばらばらと和らかに落ちる音、悲しげな郭公の声。聞け! 虎うそぶいて、谷これにこたえている。秋の曲を奏すれば、物さびしき夜に、剣のごとき鋭い月は、霜のおく草葉に輝いている。冬の曲となれば、雪空に白鳥の群れ渦巻き、霰はぱらぱらと、嬉々として枝を打つ。

書き下し

ついに伯牙という琴の名手が現われた。御しがたい馬をしずめようとする人のごとく、彼はやさしく琴を撫し、静かに弦をたたいた。自然と四季を歌い、高山を歌い、流水を歌えば、その古桐の追憶はすべて呼び起こされた。再び和らかい春風はその枝の間に戯れた。峡谷をおどりながら下ってゆく若い奔流は、つぼみの花に向かって笑った。たちまち聞こえるのは夢のごとき、数知れぬ夏の虫の声、雨のばらばらと和らかに落ちる音、悲しげな郭公の声。聞け、虎うそぶいて、谷これにこたえている。秋の曲を奏すれば、物さびしき夜に、剣のごとき鋭い月は、霜のおく草葉に輝いている。冬の曲となれば、雪空に白鳥の群れ渦巻き、霰はぱらぱらと、嬉々として枝を打つ。

現代語訳

ついに伯牙という琴の名手が現れました。乗りにくい馬を静めようとする人のように、彼はやさしく琴を撫で、静かに弦を叩きました。自然と四季を歌い、高い山を歌い、流れる水を歌うと、その古い桐の記憶がすべて呼び起こされました。再び柔らかな春風がその枝の間で戯れました。峡谷を踊りながら下っていく若い急流は、つぼみの花に向かって笑いました。たちまち聞こえてくるのは、夢のような数知れない夏の虫の声、雨がぱらぱらと柔らかく落ちる音、悲しげな郭公の声。聞きなさい、虎が吼えて、谷がこれに答えています。秋の曲を奏すれば、物寂しい夜に、剣のように鋭い月が、霜の置いた草葉に輝いている。冬の曲になれば、雪空に白鳥の群れが渦を巻き、霰がぱらぱらと嬉しげに枝を打つ。

解説

伯牙が弾くと、琴が鳴り出します。彼が歌ったのは自分の歌ではなく、四季と山と水。つまりこの桐の木が立っていた場所の記憶です。すると琴自身の思い出がすべて呼び起こされた。弾き手が自分を主張せず、楽器の来歴を歌ったから応えた、という筋書きです。四季の描写が春から冬へ順に連ねられ、木が見てきた年月がそのまま音になっていく。次の段でこの秘密が言葉にされます。

この章句が説くこと

伯牙四季記憶共鳴演奏

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