韓非子 / 功名第二十八
名實相持而成,形影相應而立,故臣主同欲而異使。人主之患在莫之應,故曰:一手獨拍,雖疾無聲。
新字:名実相持而成,形影相応而立,故臣主同欲而異使。人主之患在莫之応,故曰:一手独拍,雖疾無声。
書き下し
人主の患は之に應ずること莫きに在り、故に曰く、「一手獨り拍つは、疾しと雖も聲無し。」
現代語訳
君主の悩みは、応じてくれる者がいないことにある。ゆえに『片手だけで叩いても、いかに速くても音は出ない』と言う。
解説
名と実というものは互いに支え合って初めて成り立ち、形とその影のように、対になって初めて存在するものです。人の上に立つ者の悩みは、自分に応えてくれる人がいないことにあります。だからこそ、「片方の手だけでいくら素早く打ち合わせても、音は鳴らない」と言うのです。上に立つ人がどれほど優れていて、次々に指示を出したとしても、それに応じ、共に動いてくれる人がいなければ、物事は形になりません。手を叩くには両方の手が要るように、成果を生み出すには、指示する側とそれに応える側、両方の力が必要なのです。家庭でも同じで、親がどれほど熱心に子供に語りかけても、子供の側がまったく耳を貸さなければ、その言葉は空しく響くだけで終わってしまいます。
この章句が説くこと
協働チームワークリーダーシップとフォロワーシップトップダウンの限界共鳴
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