茶の本 / 第四章 茶室・剣を軒下の刀架にかける
こういう心持ちで客は黙々としてその聖堂に近づいて行く。そしてもし武士ならばその剣を軒下の刀架にかけておく、茶室は至極平和の家であるから。それから客は低くかがんで、高さ三尺ぐらいの狭い入り口〔にじり口〕からにじってはいる。この動作は、身貴きも卑しきも同様にすべての客に負わされる義務であって、人に謙譲を教え込むためのものであった。席次は待合で休んでいる間に定まっているので、客は一人ずつ静かにはいってその席につき、まず床の間の絵または生花に敬意を表する。主人は、客が皆着席して部屋が静まりきり、茶釜にたぎる湯の音を除いては、何一つ静けさを破るものもないようになって、始めてはいってくる。茶釜は美しい音をたてて鳴る。特殊のメロディーを出すように茶釜の底に鉄片が並べてあるから。これを聞けば、雲に包まれた滝の響きか岩に砕くる遠海の音か竹林を払う雨風か、それともどこか遠き丘の上の松籟かとも思われる。
書き下し
こういう心持ちで客は黙々としてその聖堂に近づいて行く。そしてもし武士ならばその剣を軒下の刀架にかけておく、茶室は至極平和の家であるから。それから客は低くかがんで、高さ三尺ぐらいの狭い入り口からにじってはいる。この動作は、身貴きも卑しきも同様にすべての客に負わされる義務であって、人に謙譲を教え込むためのものであった。席次は待合で休んでいる間に定まっているので、客は一人ずつ静かにはいってその席につき、まず床の間の絵または生花に敬意を表する。主人は、客が皆着席して部屋が静まりきり、茶釜にたぎる湯の音を除いては、何一つ静けさを破るものもないようになって、始めてはいってくる。茶釜は美しい音をたてて鳴る。特殊のメロディーを出すように茶釜の底に鉄片が並べてあるから。これを聞けば、雲に包まれた滝の響きか、岩に砕くる遠海の音か、竹林を払う雨風か、それともどこか遠き丘の上の松籟かとも思われる。
現代語訳
こういう心持ちで客は黙って聖堂に近づいていきます。そしてもし武士なら、その刀を軒下の刀掛けに掛けておきます。茶室は極めて平和な家だからです。それから客は低くかがみ、高さ三尺ほどの狭い入り口からにじって入ります。この動作は、身分の高い者も低い者も同じようにすべての客に負わされる義務であって、人に謙る心を教え込むためのものでした。席の順は待合で休んでいる間に定まっているので、客は一人ずつ静かに入って席につき、まず床の間の絵か生けた花に敬意を表します。主人は、客が皆着席して部屋が静まりきり、茶釜に沸く湯の音以外に何一つ静けさを破るものがなくなってから、初めて入ってきます。茶釜は美しい音を立てて鳴ります。特別な調べを出すように、釜の底に鉄片が並べてあるからです。これを聞けば、雲に包まれた滝の響きか、岩に砕ける遠い海の音か、竹林を払う雨風か、あるいはどこか遠い丘の上の松風かと思われます。
解説
この章句が説くこと
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『茶の本』第四章 茶室・外界のわずらわしさを遠ざかった聖堂茶室は簡素にして俗を離れているから、真に外界のわずらわしさを遠ざかった聖堂である。ただ茶室においてのみ、人は落ち着いて美の崇拝に身をささげることができる。十六世紀、日本の改造統一にあずかった政治家やたけき武士にとって、茶室はありがたい休養所となった。十七世紀徳川治世のきびしい儀式固守主義の発達した後は、茶室は芸術的精神と自由に交通する唯一の機会を与えてくれた。偉大なる芸術品の前には、大名も武士も平民も差別はなかった。今日は工業主義のために、真に風流を楽しむことは世界至るところますます困難になって行く。われわれは今までよりもいっそう茶室を必要とするのではなかろうか。
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