茶の本 / 第三章 道教と禅道・南天に北極星を識るの術
禅道は道教と同じく相対を崇拝するものである。ある禅師は禅を定義して南天に北極星を識るの術といっている。真理は反対なものを会得することによってのみ達せられる。さらに禅道は道教と同じく個性主義を強く唱道した。われらみずからの精神の働きに関係しないものはいっさい実在ではない。六祖慧能かつて二僧が風に翻る塔上の幡を見て対論するのを見た。「一はいわく幡動くと。一はいわく風動くと。」しかし、慧能は彼らに説明して言った、これ風の動くにあらずまた幡の動くにもあらずただ彼らみずからの心中のある物の動くなりと。百丈が一人の弟子と森の中を歩いていると一匹の兎が彼らの近寄ったのを知って疾走し去った。「なぜ兎はおまえから逃げ去ったのか。」と百丈が尋ねると、「私を恐れてでしょう。」と答えた。
書き下し
禅道は道教と同じく相対を崇拝するものである。ある禅師は禅を定義して、南天に北極星を識るの術といっている。真理は反対なものを会得することによってのみ達せられる。さらに禅道は道教と同じく、個性主義を強く唱道した。われらみずからの精神の働きに関係しないものは、いっさい実在ではない。六祖慧能かつて二僧が、風に翻る塔上の幡を見て対論するのを見た。「一はいわく幡動くと。一はいわく風動くと。」しかし慧能は彼らに説明して言った、これ風の動くにあらず、また幡の動くにもあらず、ただ彼らみずからの心中のある物の動くなりと。百丈が一人の弟子と森のなかを歩いていると、一匹の兎が彼らの近寄ったのを知って疾走し去った。「なぜ兎はおまえから逃げ去ったのか」と百丈が尋ねると、「私を恐れてでしょう」と答えた。
現代語訳
禅は道教と同じく相対を敬うものです。ある禅師は禅を定義して、南の空に北極星を知る術だと言っています。真理は反対のものを会得することによってのみ達せられます。さらに禅は道教と同じく、個の立場を強く唱えました。私たち自身の精神の働きに関わらないものは、いっさい実在ではありません。六祖慧能は、かつて二人の僧が風にひらめく塔の上の旗を見て論じ合うのを見ました。一人は旗が動くと言い、一人は風が動くと言った。しかし慧能は彼らに説明して言いました。これは風が動くのでも旗が動くのでもない、ただ彼ら自身の心の中の何かが動くのだ、と。百丈が一人の弟子と森の中を歩いていると、一匹の兎が彼らが近づいたのを知って走り去りました。なぜ兎はお前から逃げ去ったのか、と百丈が尋ねると、私を恐れてでしょう、と答えました。
解説
この章句が説くこと
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