茶の本 / 第三章 道教と禅道・道徳経の注釈は禅学者が書いた
いかほど宗派的精神の誇りが強くて、そうではないといったところで、南方禅が老子や清談家の教えに似ていることを感じないわけにはいかない。道徳経の中にすでに精神集中の重要なことや気息を適当に調節することを述べている――これは禅定に入るに必要欠くべからざる要件である。道徳経の良注釈の或るものは禅学者によって書かれたものである。
書き下し
いかほど宗派的精神の誇りが強くて、そうではないといったところで、南方禅が老子や清談家の教えに似ていることを感じないわけにはいかない。道徳経のなかにすでに、精神集中の重要なことや気息を適当に調節することを述べている――これは禅定に入るに必要欠くべからざる要件である。道徳経の良注釈の或るものは、禅学者によって書かれたものである。
現代語訳
どれほど宗派としての誇りが強く、そうではないと言ったところで、南方禅が老子や清談家の教えに似ていることを感じないわけにはいきません。『道徳経』の中にすでに、精神を集中することの大切さや、息を適切に整えることが述べられています。これは禅定に入るのに欠かせない要件です。『道徳経』の良い注釈のいくつかは、禅の学者によって書かれたものです。
解説
禅と道教の血のつながりが、具体的な証拠で示されます。『老子』にすでに精神集中と呼吸の調整が書かれており、それは坐禅に不可欠な要素だ、と。そして決定的な事実として、『老子』の優れた注釈が禅僧の手で書かれていることを挙げる。宗派の誇りがそれを認めたがらないという前置きが皮肉で、思想の系譜は当事者の主張よりも書かれたものが証言するという見方です。
この章句が説くこと
禅道教呼吸注釈系譜
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