茶の本 / 第三章 道教と禅道・物有り混成し、天地に先だって生ず
物有り混成し、天地に先だって生ず。寂たり寥たり。独立して改めず。周行して殆からず。もって天下の母となすべし。吾その名を知らず。これを字して道という。強いてこれが名をなして大という。大を逝といい、逝を遠といい、遠を反という。
書き下し
物有り混成し、天地に先だって生ず。寂たり寥たり。独立して改めず。周行して殆からず。もって天下の母となすべし。吾その名を知らず。これを字して道という。強いてこれが名をなして大という。大を逝といい、逝を遠といい、遠を反という。
現代語訳
何かが混じり合って成り、天地よりも先に生じた。静かで、がらんとしている。独りで立って変わらない。めぐり行って尽きることがない。これを天下の母とするべきである。私はその名を知らない。これに字をつけて道という。強いて名づけて大という。大を逝といい、逝を遠といい、遠を反という。
解説
『老子』第二十五章の一節です。天地より先にあり、静かで、独りで変わらず、めぐって尽きないもの。名を知らないから、仮に道と呼ぶ、と述べます。名づけられないものを名づけるほかない、という言語の限界がここに露わになっており、前段の翻訳論と直結しています。最後の三語が要で、大は逝き、逝きは遠く、遠くは反る。行き着いた先が元に戻るという循環が、道の運動として示されています。師導には『老子』を収めており、この章の原文を通して読むことができます。
この章句が説くこと
道老子無名循環根源
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