茶の本 / 第三章 道教と禅道・柔術は道徳経に名を借りた
道教徒のこういう考え方は、剣道相撲の理論に至るまで、動作のあらゆる理論に非常な影響を及ぼした。日本の自衛術である柔術はその名を道徳経の中の一句に借りている。柔術では無抵抗すなわち虚によって敵の力を出し尽くそうと努め、一方おのれの力は最後の奮闘に勝利を得るために保存しておく。芸術においても同一原理の重要なことが暗示の価値によってわかる。何物かを表わさずにおくところに、見る者はその考えを完成する機会を与えられる。かようにして大傑作は人の心を強くひきつけてついには人が実際にその作品の一部分となるように思われる。虚は美的感情の極致までも入って満たせとばかりに人を待っている。
書き下し
道教徒のこういう考え方は、剣道相撲の理論に至るまで、動作のあらゆる理論に非常な影響を及ぼした。日本の自衛術である柔術は、その名を道徳経のなかの一句に借りている。柔術では無抵抗すなわち虚によって敵の力を出し尽くそうと努め、一方おのれの力は最後の奮闘に勝利を得るために保存しておく。芸術においても同一原理の重要なことが、暗示の価値によってわかる。何物かを表わさずにおくところに、見る者はその考えを完成する機会を与えられる。かようにして大傑作は人の心を強くひきつけて、ついには人が実際にその作品の一部分となるように思われる。虚は美的感情の極致までも入って満たせとばかりに人を待っている。
現代語訳
道教のこういう考え方は、剣術や相撲の理論に至るまで、動作のあらゆる理論に非常な影響を及ぼしました。日本の護身術である柔術は、その名を『道徳経』の一句に借りています。柔術では、無抵抗すなわち虚によって敵の力を出し尽くさせようと努め、一方で自分の力は最後の勝負に勝つために保存しておきます。芸術においても同じ原理が重要であることが、暗示の価値によって分かります。何かを表さずにおくところに、見る者は自分の考えでそれを完成させる機会を与えられます。こうして大傑作は人の心を強く引きつけ、ついには見る人が実際にその作品の一部になるように思われます。虚は、美的感情の極みまで入り込んで満たせとばかりに人を待っています。
解説
この章句が説くこと
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