茶の本 / 第二章 茶の諸流・茶の味がわからなかった官人
茶経の残りの章は、普通の喫茶法の俗悪なこと、有名な茶人の簡単な実録、有名な茶園、あらゆる変わった茶器、および茶道具のさし絵が書いてある。最後の章は不幸にも欠けている。茶経が世に出て、当時かなりの評判になったに違いない。陸羽は代宗(七六三―七七九)の援くるところとなり、彼の名声はあがって多くの門弟が集まって来た。通人の中には、陸羽のたてた茶と、その弟子のたてた茶を飲み分けることができる者もいたということである。ある官人はこの名人のたてた茶の味がわからなかったために、その名を不朽に伝えている。
書き下し
『茶経』の残りの章は、普通の喫茶法の俗悪なこと、有名な茶人の簡単な実録、有名な茶園、あらゆる変わった茶器、および茶道具のさし絵が書いてある。最後の章は不幸にも欠けている。『茶経』が世に出て、当時かなりの評判になったに違いない。陸羽は代宗の援くるところとなり、彼の名声はあがって多くの門弟が集まって来た。通人のなかには、陸羽のたてた茶と、その弟子のたてた茶を飲み分けることができる者もいたということである。ある官人は、この名人のたてた茶の味がわからなかったために、その名を不朽に伝えている。
現代語訳
『茶経』の残りの章には、普通の喫茶法が俗悪であること、有名な茶人の簡単な記録、有名な茶園、あらゆる変わった茶器、そして茶道具の挿絵が書かれています。最後の章は不幸にも欠けています。『茶経』が世に出たとき、かなりの評判になったに違いありません。陸羽は代宗の援助を受け、名声は上がって多くの門弟が集まってきました。通人の中には、陸羽がたてた茶と、その弟子がたてた茶を飲み分けられる者もいたそうです。ある役人は、この名人のたてた茶の味が分からなかったために、その名を不朽に伝えています。
解説
最後の一文が絶妙な皮肉です。名人の茶が分からなかったという一事だけで、その役人の名は千年残ってしまった。悪名もまた不朽になるという事実を、天心はさらりと書きます。同時にこれは、鑑賞の力量が問われるというこの章の主題の念押しでもあります。作る側の名人芸は、受け取る側の舌があって初めて成立する。名を残す話として読めば、名は自分では選べないという教訓にもなっています。
この章句が説くこと
茶経鑑賞名声皮肉力量
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