墨子 / 非命下
故昔者禹湯文武方為政乎天下之時,曰:「必使饑者得食,寒者得衣,勞者得息,亂者得治。」遂得光譽令聞於天下,夫豈可以為命哉?故以為其力也。今賢良之人,尊賢而好道術,故上得其王公大人之賞,下得其萬民之譽,遂得光譽令聞於天下,亦豈以為其命哉?又以為力也。然今執有命者,不識昔也三代之聖善人與?意亡昔三代之暴不肖人與?若以説觀之,則必非昔三代聖善人也,必暴不肖人也。
新字:故昔者禹湯文武方為政乎天下之時,曰:「必使饑者得食,寒者得衣,労者得息,乱者得治。」遂得光誉令聞於天下,夫豈可以為命哉?故以為其力也。今賢良之人,尊賢而好道術,故上得其王公大人之賞,下得其万民之誉,遂得光誉令聞於天下,亦豈以為其命哉?又以為力也。然今執有命者,不識昔也三代之聖善人与?意亡昔三代之暴不肖人与?若以説観之,則必非昔三代聖善人也,必暴不肖人也。
書き下し
故に昔者、禹・湯・文・武、方に天下に政を為すの時、曰く、「必ず饑うる者をして食を得しめ、寒き者をして衣を得しめ、勞るる者をして息わしめ、亂るる者をして治まらしめん」と。遂に光譽令聞を天下に得たり。夫れ豈に以て命と為す可けんや。故に以為えらく其の力なりと。今、賢良の人、賢を尊びて道術を好む。故に上は其の王公大人の賞を得、下は其の萬民の譽を得、遂に光譽令聞を天下に得たり。亦た豈に以て其の命と為さんや。又た以為えらく力なりと。然れども今、有命を執る者は、識らず、昔の三代の聖善の人か、意うに亡くば昔の三代の暴不肖の人か。若し説を以て之を觀れば、則ち必ず昔の三代の聖善の人に非ざるなり、必ず暴不肖の人なり。
現代語訳
むかし禹・湯・文王・武王が天下の政治を執ったとき、こう言った。「必ず飢えた者に食を得させ、寒い者に衣を得させ、疲れた者を休ませ、乱れた者を治めさせよう」。そしてついに輝かしい名声を天下に得た。それを運命と言えるだろうか。だから本人の力によるのだと考える。いま賢く善良な人は、賢者を尊び道理と技術を好む。だから上は王公大人の賞を得、下は万民の誉れを得て、ついに輝かしい名声を天下に得る。それもまた運命と言えるだろうか。やはり力によるのだと考える。ところが運命論を掲げる者は、昔の三代の聖なる善人だったのか、それとも昔の三代の乱暴で至らぬ人だったのか。その主張から見れば、必ず三代の聖なる善人ではなく、乱暴で至らぬ人である。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』修身彊からざれば智達せず、言信ならざる者は行果たさず。財に據りて以て人に分かつ能わざる者は、與に友とするに足らず。道を守ること篤からず、物に徧きこと博からず、是非を辯ずること察かならざる者は、與に遊ぶに足らず。本固からざる者は末必ず㡬うく、雄にして脩めざる者は其の後必ず惰る。源濁れば流れ清からず、行い信ならざれば名必ず耗る。名は徒らに生ぜず、而して譽は自ら長ぜず。功成り名遂ぐるも、名譽は虚假す可からず、之を身に反す者なり。言を務めて行を繁くすれば、辯なりと雖も必ず聴かれず。力多くして功を伐れば、勞すと雖も必ず圖られず。慧き者は心辯にして繁説せず、力多くして功を伐らず。此を以て名譽、天下に揚がる。言は多きを為すを務めずして智を為すを務め、文を為すを務めずして察を為すを務む。故に彼の智、察無く、身に在りて情、其の路に反する者なり。善、心に主たること無き者は留まらず、行、身に辯たること無き者は立たず。名は簡にして成る可からざるなり、譽は巧みにして立つ可からざるなり。君子は身を以て行を戴く者なり。利を思うこと尋ぎ、名を忘るること忽やかにして、以て天下に士為る可き者は、未だ嘗て有らざるなり。
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