茶の本 / 第二章 茶の諸流・三沸を見分ける
第五章において陸羽は茶のたて方について述べている。彼は塩以外の混合物を取り除いている。彼はまた、これまで大いに論ぜられていた水の選択、煮沸の程度の問題についても詳述している。彼の説によると、その水、山水を用うるは上、江水は中、井水は下である。煮沸に三段ある。その沸、魚目(一一)のごとく、すこし声あるを一沸となし、縁辺の涌泉蓮珠(一二)のごとくなるを二沸となし、騰波鼓浪(一三)を三沸となしている。団茶はこれをあぶって嬰児の臂のごとく柔らかにし、紙袋を用いてこれをたくわう。初沸にはすなわち、水量に合わせてこれをととのうるに塩味をもってし、第二沸に茶を入れる。第三沸には少量の冷水を鍑に注ぎ、茶を静めてその「華(一四)」を育う。それからこれを茶碗に注いで飲むのである。これまさに神酒! 晴天爽朗なるに浮雲鱗然たるあるがごとし(一五)。その沫は緑銭の水渭に浮かべるがごとし(一六)。唐の詩人盧同の歌ったのはこのような立派な茶のことである。
書き下し
第五章において陸羽は茶のたて方について述べている。彼は塩以外の混合物を取り除いている。彼はまた、これまで大いに論ぜられていた水の選択、煮沸の程度の問題についても詳述している。彼の説によると、その水、山水を用うるは上、江水は中、井水は下である。煮沸に三段ある。その沸、魚目のごとく、すこし声あるを一沸となし、縁辺の涌泉、蓮珠のごとくなるを二沸となし、騰波鼓浪を三沸となしている。団茶はこれをあぶって嬰児の臂のごとく柔らかにし、紙袋を用いてこれをたくわう。初沸にはすなわち、水量に合わせてこれをととのうるに塩味をもってし、第二沸に茶を入れる。第三沸には少量の冷水を鍑に注ぎ、茶を静めてその華を育う。それからこれを茶碗に注いで飲むのである。これまさに神酒。晴天爽朗なるに浮雲鱗然たるあるがごとし。その沫は緑銭の水渭に浮かべるがごとし。唐の詩人盧同の歌ったのは、このような立派な茶のことである。
現代語訳
第五章で陸羽は茶のたて方を述べています。彼は塩以外の混ぜ物を取り除きました。また、それまで大いに論じられていた水の選び方、煮え方の程度についても詳しく述べています。彼の説では、水は山の水を用いるのが上、川の水は中、井戸の水は下です。煮え方には三段あります。その泡が魚の目のようで、かすかに音がするのを一沸とし、縁に湧く泉が蓮の玉のようになるのを二沸とし、波が立ち浪が鼓のように打つのを三沸とします。固形の茶はあぶって赤子の腕のように柔らかくし、紙袋に入れて蓄える。最初の沸きには水の量に合わせて塩で味を整え、二度目の沸きに茶を入れる。三度目の沸きには少量の冷水を釜に注ぎ、茶を静めてその華を養う。それから茶碗に注いで飲むのです。これこそまさに神の酒。晴れた空がさわやかで、浮き雲がうろこのように並んでいるようだ。その泡は、緑の苔が水辺に浮かんでいるようだ。唐の詩人・盧仝が歌ったのは、このような立派な茶のことです。
解説

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