茶の本 / 第二章 茶の諸流・茶の葉の質を見分ける
茶経は三巻十章よりなる。彼は第一章において茶の源を論じ、第二章、製茶の器具を論じ、第三章、製茶法を論じている(四)。彼の説によれば、茶の葉の質の最良なものは必ず次のようなものである。胡人の鞾のごとくなる者蹙縮然たり(五) 犎牛の臆なる者廉襜然たり(六) 浮雲の山をいずる者輸菌然たり(七) 軽飈の水を払う者涵澹然たり(八) また新治の地なる者暴雨流潦の経る所に遇うがごとし(九)
書き下し
『茶経』は三巻十章よりなる。彼は第一章において茶の源を論じ、第二章、製茶の器具を論じ、第三章、製茶法を論じている。彼の説によれば、茶の葉の質の最良なものは必ず次のようなものである。胡人の鞾のごとくなる者、蹙縮然たり。犎牛の臆なる者、廉襜然たり。浮雲の山をいずる者、輸菌然たり。軽飈の水を払う者、涵澹然たり。また新治の地なる者、暴雨流潦の経る所に遇うがごとし。
現代語訳
『茶経』は三巻十章から成ります。彼は第一章で茶の起源を論じ、第二章で製茶の器具を論じ、第三章で製茶の方法を論じています。彼の説によれば、茶の葉の質がもっともよいものは必ず次のようなものだといいます。胡の人の靴のように、しわが縮んでいる。こぶ牛の胸のように、ひだが垂れている。浮き雲が山から出るように、丸くうねっている。そよ風が水面を払うように、さざなみ立っている。また新しく耕した土地が、激しい雨の流れが通った跡のようである。
解説
良い茶葉の見分け方が、五つの比喩だけで示されます。靴のしわ、牛の胸のひだ、雲のうねり、水面のさざなみ、雨に洗われた畑。数値も基準もなく、すべて自然の形に喩える。技術書がそのまま詩になっている例です。良し悪しを言葉で定義せず、見たことのある形に重ねて相手の目に思い浮かべさせる。教える技術として、今も有効な方法でしょう。
この章句が説くこと
茶経鑑別比喩技術伝達
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