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茶の本 / 第一章 人情の碗・茶には酒のような傲慢がない

茶の味には微妙な魅力があって、人はこれに引きつけられないわけにはゆかない、またこれを理想化するようになる。西洋の茶人たちは、茶のかおりとかれらの思想の芳香を混ずるに鈍ではなかった。茶には酒のような傲慢なところがない。コーヒーのような自覚もなければ、またココアのような気取った無邪気もない。一七一一年にすでにスペクテイター紙に次のように言っている。「それゆえに私は、この私の考えを、毎朝、茶とバタつきパンに一時間を取っておかれるような、すべての立派な御家庭へ特にお勧めしたいと思います。そして、どうぞこの新聞を、お茶のしたくの一部分として、時間を守って出すようにお命じになることを、せつにお勧めいたします。」サミュエル・ジョンソンはみずからの人物を描いて次のように言っている。「因業な恥知らずのお茶飲みで、二十年間も食事を薄くするにただこの魔力ある植物の振り出しをもってした。そして茶をもって夕べを楽しみ、茶をもって真夜中を慰め、茶をもって晨を迎えた。」

書き下し

茶の味には微妙な魅力があって、人はこれに引きつけられないわけにはゆかない、またこれを理想化するようになる。西洋の茶人たちは、茶のかおりとかれらの思想の芳香を混ずるに鈍ではなかった。茶には酒のような傲慢なところがない。コーヒーのような自覚もなければ、またココアのような気取った無邪気もない。一七一一年にすでにスペクテイター紙に次のように言っている。「それゆえに私は、この私の考えを、毎朝、茶とバタつきパンに一時間を取っておかれるような、すべての立派な御家庭へ特にお勧めしたいと思います。そして、どうぞこの新聞を、お茶のしたくの一部分として、時間を守って出すようにお命じになることを、せつにお勧めいたします。」サミュエル・ジョンソンはみずからの人物を描いて次のように言っている。「因業な恥知らずのお茶飲みで、二十年間も食事を薄くするに、ただこの魔力ある植物の振り出しをもってした。そして茶をもって夕べを楽しみ、茶をもって真夜中を慰め、茶をもって晨を迎えた。」

現代語訳

茶の味には微妙な魅力があって、人は引きつけられずにいられず、これを理想化するようになります。西洋の茶を好む人たちは、茶の香りと自分たちの思想の香りを混ぜ合わせることに鈍くはありませんでした。茶には酒のような傲慢さがない。コーヒーのような自意識もなければ、ココアのような気取った無邪気さもない。一七一一年にすでにスペクテイター紙は、こう言っています。それゆえ私は、この考えを、毎朝、茶とバターつきパンに一時間を取っておかれるすべての立派なご家庭に特にお勧めしたい。そしてどうかこの新聞を、お茶の支度の一部として時間どおりに出すようお命じになることを、切にお勧めします、と。サミュエル・ジョンソンは自分の人物を描いてこう言いました。因業で恥知らずの茶飲みで、二十年間も食事を薄くするのにただこの魔力ある植物の煎じ汁をもってした。そして茶によって夕べを楽しみ、茶によって真夜中を慰め、茶によって朝を迎えた、と。

解説

三つの飲み物の性格を一行で言い分けた比較が有名な箇所です。酒は傲慢、コーヒーは自意識、ココアは気取った無邪気。茶にはそのどれもない、という消去法で茶の徳が示されます。何かを持っていることではなく、持っていないことで定義されるところが、不完全を崇拝するというこの本の主題と重なります。ジョンソンの自画像は、茶が一日の区切りを作る道具になっている様子を伝えています。

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