武士訓 / 卷三・第11段
又右大將賴朝のとき。筑後權守俊兼。甚だ美しき小袖十領を着し出けるを。賴朝見たまひ。みづからかれがわきざしを取て。小袖のつまをきり捨。仰けるは。常胤(千葉介)眞平(土肥次郎)等武に長じたるまでにて。文にうとしといへども。よく儉約を用る故。家富ておほくの家人を扶持す。今なんぢが祿は。かれらがたぐゐにおよぶべきにあらず。文才あれども是非をわきまへず。華美をこのみ。儉約をわする。これ財產を用る法をしらざるなりと。大にいかりいましめらる。伺候の輩これをきゝ。たましゐをけしけるといへり。但し世俗義理をわきまへず。みだりに吝嗇なるを。儉約を守るといふは非なり。是は後漢の馬伏波がいへる守錢奴のたぐひにて。人倫に遠さものなり。
新字:又右大将頼朝のとき。筑後権守俊兼。甚だ美しき小袖十領を着し出けるを。頼朝見たまひ。みづからかれがわきざしを取て。小袖のつまをきり捨。仰けるは。常胤(千葉介)真平(土肥次郎)等武に長じたるまでにて。文にうとしといへども。よく倹約を用る故。家富ておほくの家人を扶持す。今なんぢが禄は。かれらがたぐゐにおよぶべきにあらず。文才あれども是非をわきまへず。華美をこのみ。倹約をわする。これ財産を用る法をしらざるなりと。大にいかりいましめらる。伺候の輩これをきゝ。たましゐをけしけるといへり。但し世俗義理をわきまへず。みだりに吝嗇なるを。倹約を守るといふは非なり。是は後漢の馬伏波がいへる守銭奴のたぐひにて。人倫に遠さものなり。
書き下し
又右大將賴朝のとき。筑後權守俊兼。甚だ美しき小袖十領を着し出けるを。賴朝見たまひ。みづからかれがわきざしを取て。小袖のつまをきり捨。仰けるは。常胤(千葉介)眞平(土肥次郎)等武に長じたるまでにて。文にうとしといへども。よく儉約を用る故。家富ておほくの家人を扶持す。今なんぢが祿は。かれらがたぐゐにおよぶべきにあらず。文才あれども是非をわきまへず。華美をこのみ。儉約をわする。これ財產を用る法をしらざるなりと。大にいかりいましめらる。伺候の輩これをきゝ。たましゐをけしけるといへり。但し世俗義理をわきまへず。みだりに吝嗇なるを。儉約を守るといふは非なり。是は後漢の馬伏波がいへる守錢奴のたぐひにて。人倫に遠さものなり。
現代語訳
また右大将頼朝のとき、筑後権守俊兼がたいへん美しい小袖十領を着て出てきたのを、頼朝はご覧になり、自らその脇差を取って小袖の褄を切り捨て、こう仰せになりました。常胤(千葉介)や真平(土肥次郎)らは武に長じているだけで、文にはうといが、よく倹約を用いるので家が富み、多くの家人を養っている。いまお前の禄は、彼らの類ではとうてい及ばないほどだ。文才はあっても是非をわきまえず、華美を好んで倹約を忘れている。これは財産の使い方を知らないのだ、と。大いに怒って戒めたのです。伺候の者たちはこれを聞いて魂を消したといいます。ただし、世間で道理をわきまえず、むやみにけちなことを「倹約を守る」と言うのは誤りです。これは後漢の馬伏波が言った守銭奴の類で、人の道から遠いものです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武士訓』卷三・第10段士は。分限より身をひきさげて。諸事無造作に。かたちをつくろはず。身をかざらず。つねに着する衣服は。やぶれざればたれり。出仕のときといふとも。美服無用たるべし。外見をかざり。人形のやうに。つくろひたるは見苦し。むかし醍醐天皇儉約のおきてを萬人にしめさんとおぼしめし。時平大臣にはからせたまひ。有とき大臣との外にうるはしき裝束して。殿上に出仕せられしを。帝小じとみのかげより御覽じ。はなはだ御氣色をかゑられ。時平を御勘當まし〳〵。ひさしく出仕をゆるされざりしかば。これより人みな大におそれつゝしみて。かたく儉約を守けるとなり。
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『秘本玉くしげ』上 倹約と悋嗇又倹約を心がくれば、おのづから悋(嗇)きかたに流れやすきものにて、必ずすべき事をも止てせず、人にとらすべきものをも惜みてとらさず、甚しき者は人のものをさへ奪はまほしく思ふやうの心にもなりやすし。然に此所をよく心得て、倹約にしてしかも悋嗇に流れぬやうにはありにくきもの也。殊に上にたつ人など、此わきまへなくして悋嗇なるときは、下の潤ひかはきて甚よろしからず。されば倹約も実には宜しき事にあらず。とかく上中下、各身分相応にくらすがよき也。然りといへども、その相応といふはいかほどが相応なるや、手本のなきものなれば、よきほどは知がたき事なるに、惣じて華美なるかたにはうつりやすく、すこしも質素なる方へはうつりにくきものなれば、治平の久しくつづける世は、一同に段段華美の長ずるならひにして、上にも申せる如く、今の世ほど下が下まで華美なることは古今の間になき事なれば、今の世にこれぞ分限相応のよきほどならんと思ふ事は、皆大に分限には過てある也。
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