武士道 / 第十三章 刀・武士の魂・負くるは勝ち
あいつ等は、そんなものです』と言つた。それはヒドイ奴だつたよ。然し河上は殺されたよ。私が殺されなかつたのは、無辜を殺さなかつた故かも知れんよ。刀でも、ひどく丈夫に結へて、決して拔けないやうにしてあつた。人に斬られても、こちらは斬らぬと云ふ覺悟だつた。ナニ蚤や虱だと思へばいゝのさ。肩につかまつて、チクリ〓〓と刺しても、たゞ痒いだけだ、生命に關りはし無いよ。(海舟餘波)武士道の教訓を服膺して、艱難疾苦の爐中に精錬を經たるものに非らざるよりは、安んぞ能く此言を成すを得んや。俚諺にも『負くるは勝』とて眞の勝利は暴人に校せざるに在るを云ひ、又た、『血を流さすして勝つを以て最上の勝利とす』と誨ふるものは即ち武士道極致の理想の平和に存するを證せり。然るに此大理想を擧げて、僧侶及び道德家の說法釋義に「いの諸·美……委ね、武士は唯だ武性を習練し奬勵するを以て其旨とし、反つて止戈の義を閑却するの觀ありしは、寧ろ甚だ悲しむべしとす。而して此れに由つて又た。
新字:あいつ等は、そんなものです』と言つた。それはヒドイ奴だつたよ。然し河上は殺されたよ。私が殺されなかつたのは、無辜を殺さなかつた故かも知れんよ。刀でも、ひどく丈夫に結へて、決して抜けないやうにしてあつた。人に斬られても、こちらは斬らぬと云ふ覚悟だつた。ナニ蚤や虱だと思へばいゝのさ。肩につかまつて、チクリ〓〓と刺しても、たゞ痒いだけだ、生命に関りはし無いよ。(海舟余波)武士道の教訓を服膺して、艱難疾苦の炉中に精錬を経たるものに非らざるよりは、安んぞ能く此言を成すを得んや。俚諺にも『負くるは勝』とて真の勝利は暴人に校せざるに在るを云ひ、又た、『血を流さすして勝つを以て最上の勝利とす』と誨ふるものは即ち武士道極致の理想の平和に存するを証せり。然るに此大理想を挙げて、僧侶及び道徳家の説法釈義に「いの諸·美……委ね、武士は唯だ武性を習練し奨励するを以て其旨とし、反つて止戈の義を閑却するの観ありしは、寧ろ甚だ悲しむべしとす。而して此れに由つて又た。
書き下し
あいつ等は、そんなものです」と言つた。それはヒドイ奴だつたよ。然し河上は殺されたよ。私が殺されなかつたのは、無辜を殺さなかつた故かも知れんよ。刀でも、ひどく丈夫に結へて、決して抜けないやうにしてあつた。人に斬られても、こちらは斬らぬと云ふ覚悟だつた。ナニ蚤や虱だと思へばいいのさ。肩につかまつて、チクリ(チクリ)と刺しても、ただ痒いだけだ、生命に関りはし無いよ』(海舟余波)。武士道の教訓を服膺して、艱難疾苦の炉中に精錬を経たるものに非らざるよりは、安んぞ能く此言を成すを得んや。俚諺にも『負くるは勝』とて、真の勝利は暴人に校せざるに在るを云ひ、又た『血を流さずして勝つを以て最上の勝利とす』と誨ふるものは、即ち武士道極致の理想の平和に存するを証せり。然るに此大理想を挙げて、僧侶及び道徳家の説法釈義に〔「いの諸·美……:OCRの乱れ〕委ね、武士は唯だ武性を習練し奨励するを以て其旨とし、反つて止戈の義を閑却するの観ありしは、寧ろ甚だ悲しむべしとす。而して此れに由つて又た。
現代語訳
あいつらはそんなものですよ』と言った。ひどい奴だったよ。しかし河上は殺されたよ。私が殺されなかったのは、罪のない者を殺さなかったからかもしれないよ。刀も、ひどく丈夫に結わえて、決して抜けないようにしてあった。人に斬られても、こちらは斬らないという覚悟だった。なに、蚤や虱だと思えばいいのさ。肩に取りついてちくりちくりと刺しても、ただかゆいだけで、命にかかわりはしないよ」(『海舟余波』)。武士道の教えを心に刻み、苦難の炉の中で鍛え上げられた者でなければ、どうしてこのような言葉を口にすることができようか。ことわざにも「負けるが勝ち」と言って、本当の勝利は乱暴者と張り合わないところにあると言い、また「血を流さずに勝つことを最上の勝利とする」と教えるのは、武士道の究極の理想が平和にあることを証している。ところが、この大きな理想をすべて僧侶や道徳家の説法や解釈に委ね(この間に読めない文字列がある)、武士はただ武の性質を鍛え励ますことばかりを旨とし、かえって戈を止めるという武の本義をなおざりにしたきらいがあるのは、むしろ大いに悲しむべきことである。そしてこのことによって、また。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』魯問齊、将に魯を伐たんとす。子墨子、項子牛に謂いて曰く、「魯を伐つは、齊の大過なり。昔者、吳王、東のかた越を伐ち、諸を㑹稽に棲ましめ、西のかた楚を伐ち、昭王を隨に葆れしめ、北のかた齊を伐ち、國の太子を取りて以て吳に歸る。諸侯、其の讐に報い、百姓、其の勞に苦しみて為に用いられず。是を以て國は虚戾と為り、身は刑戮と為るなり。昔者、智伯、范氏と中行氏とを伐ち、三晉の地を兼ぬ。諸侯、其の讐に報い、百姓、其の勞に苦しみて為に用いられず。是を以て國は虚戾と為り、身は刑戮と為る。是を用うればなり。故に大國の小國を攻むるや、是れ交ごも相い賊するなり。過ちは必ず國に反る」と。
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孫子・形篇故に曰く、勝は知るべきも、為すべからざるなり。
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『新序』雜事第五魏の文侯李克に問いて曰く、吳の亡ぶる所以の者は、何ぞや、と。李克對えて曰く、數ミ戰いて數ミ勝てばなり、と。文侯曰く、數ミ戰いて數ミ勝つは、國の福なり。其の亡ぶる所以は、何ぞや、と。李克曰く、數ミ戰えば則ち民疲れ、數ミ勝てば則ち主驕る。驕主を以て疲民を治む。此れ其の亡ぶる所以なり、と。是の故に戰いを好み兵を窮むるは、未だ亡びざる者有らざるなり。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼公曰く、晉の高祖は天を欺き君に叛きて、助けを北に求む。末帝は昏亂にして、神人之を棄つ。是の時中國は狹小にして上下離叛す。故に契丹全師にして獨り克てり。敵は金帛を獲て諸臣の家に充牣すと雖も、而れども壯士健馬は物故すること大半なり。此れ誰か其の禍を任ずる者ぞ。今中國は提封萬里、在る所の精兵は百萬を以て計う。法令修明にして上下心を一にす。北朝兵を用いんと欲するも、能く其の必勝を保たんかと。曰く、能わずと。
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『新序』雜事第四楚の莊王鄭を伐ち、之に克つ。鄭伯肉袒し、左に旄旌を執り、右に鸞刀を執りて、以て莊王を迎う。曰く、寡人良からず。邊陲の臣、以て天の禍いを干す。是を以て君王をして昧からしめ、辱くも弊邑に到らしむ。君如し此の喪人を憐れみ、之に不毛の地を錫わば、唯だ君王の命のままなり、と。莊王曰く、君の不令の臣、交ミ言を爲す。是を以て寡人をして君の玉面を見るを得しむ。而るに微かに此に至れり、と。莊王親ら自ら旌を手にし、左右軍を麾き、還りて七里に舍す。將軍子重進み諫めて曰く、夫れ南郢の鄭と相い去ること數千里。諸大夫の死する者數人、斯の役に死する者數百人なり。今克ちて有せずんば、乃ち民力を失う無からんや、と。莊王曰く、吾之を聞く、古者盂穿たれず、皮蠧まざれば四方に出でず、と。是を以て君子の禮を重んじて利を賤しむを見る。其の人を要めて其の土を要めず。人告げ從いて赦さざるは、不祥なり。吾不祥を以て天下に立たば、菑の吾が身に及ぶこと、何の日か之れ有らんや、と。
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『甲陽軍鑑』品第四十七さやうの事もたがためにてもなし、それがしに奉公の忠臣なり、一人まもる所十人守之と古語にもありと聞く、いかに彼の者至らぬ者とても、武道の奉公すぐれて如此の段はおほかたの事をばすてをかずして成敗仕候はゞ、天道のにくみをうけ、人罰をかうふり、士卒に心をはなされ、勝利をうしなはん事車の輪の廻るごとくなるべし、必ず堪忍仕らるべし、
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