武士道 / 第十章 武士の教育・我を教ふるものは師なり
公務を處辨すると、克己心を鍛冶するとの如何を問はず、武士が以て教育の目的としたる所のものは乃ち實行なり。孔子曰く、『學而不思則罔、思而不學則殆』と。師の人を教ふるに當りてや、品性を發達せしむるを重しとして、知識を云はず、又た靈性を琢磨するを務として、其智性を擇ばず。故に師の任たるや實に神聖なりき。古語に日へり、『我を生むは父母なり、我を教ふるものは師なり』と。此の思想を以てするが故に人の師に仕ふること甚だ篤く、而して弟子の尊敬と信賴とを受くるの師は、必ずや學識に兼ねるに、高尙なる人格の仰ぐべきものなかるべからず。即ち師は父亡き者の父、愆ある人の忠言者なりき。軍1もりの今オ-〓〓に曰へり、『父母如天地、師君如日月』と。
新字:公務を処弁すると、克己心を鍛冶するとの如何を問はず、武士が以て教育の目的としたる所のものは乃ち実行なり。孔子曰く、『学而不思則罔、思而不学則殆』と。師の人を教ふるに当りてや、品性を発達せしむるを重しとして、知識を云はず、又た霊性を琢磨するを務として、其智性を択ばず。故に師の任たるや実に神聖なりき。古語に日へり、『我を生むは父母なり、我を教ふるものは師なり』と。此の思想を以てするが故に人の師に仕ふること甚だ篤く、而して弟子の尊敬と信頼とを受くるの師は、必ずや学識に兼ねるに、高尚なる人格の仰ぐべきものなかるべからず。即ち師は父亡き者の父、愆ある人の忠言者なりき。軍1もりの今オ-〓〓に曰へり、『父母如天地、師君如日月』と。
書き下し
公務を処弁すると、克己心を鍛冶するとの如何を問はず、武士が以て教育の目的としたる所のものは乃ち実行なり。孔子曰く、『学而不思則罔、思而不学則殆』と。師の人を教ふるに当りてや、品性を発達せしむるを重しとして、知識を云はず、又た霊性を琢磨するを務として、其智性を択ばず。故に師の任たるや実に神聖なりき。古語に曰へり、『我を生むは父母なり、我を教ふるものは師なり』と。此の思想を以てするが故に、人の師に仕ふること甚だ篤く、而して弟子の尊敬と信頼とを受くるの師は、必ずや学識に兼ぬるに、高尚なる人格の仰ぐべきものなかるべからず。即ち師は父亡き者の父、愆ある人の忠言者なりき。(童子教)に曰へり、『父母如天地、師君如日月』と。
現代語訳
公務を処理することであれ、克己心を鍛えることであれ、武士が教育の目的としたものは実行であった。孔子は言った、「学んで考えなければ道理がはっきりせず、考えて学ばなければ危うい」と。師が人を教えるにあたっては、品性を育てることを重んじて知識を問わず、また霊性を磨くことを務めとして、知性の優劣を選ばなかった。だから師の任務はまことに神聖であった。古い言葉に言う、「私を生んだのは父母であり、私を教えるのは師である」と。この考えがあったので、人が師に仕えることはきわめて厚く、そして弟子の尊敬と信頼を受ける師は、必ず学識に加えて、仰ぎ見るべき高い人格を備えていなければならなかった。すなわち師は、父を亡くした者の父であり、過ちのある者の忠告者であった。(童子教)に言う、「父母は天地のごとく、師と君は日月のごとし」と。
解説
この章句が説くこと
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