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武士道 / 第六章 禮儀・礼は諸徳の上に置かず

予は禮を尊ぶ。されど必ずや、之を以て諸德の上に置かんとするものに非らず。禮のものたる、之を解かば、其の更に尊貴なる他の道德と干與するを認めん。盖し何の德か、果して孤立して存するや。士林の輩、特に禮を重んずと雖、時に其規を越ゆるものあるを以て、從つて虛僞に流るゝを致せり。孔子も旣に玉帛の禮の要を成さヾるは、鐘鼓の樂に於けるが如きを說けるにあらず乎。禮容を尊んで社交の儀文となすが故に、坐作進退の則よ67)り、會釋低頭の禮に至るまで、委曲細緻の作法を生じて、之を少者に教ふる嚴に、之を習ふ密に、社交の態度必ずや端正なるべきを以てしたるは、固より其理なり。且つ夫れ飮食の作法は學問となり、點茶、喫茶も亦た儀禮となり、故に文〓あるもの必ずや之に通ぜざるべからずとせり。

新字:予は礼を尊ぶ。されど必ずや、之を以て諸徳の上に置かんとするものに非らず。礼のものたる、之を解かば、其の更に尊貴なる他の道徳と干与するを認めん。盖し何の徳か、果して孤立して存するや。士林の輩、特に礼を重んずと雖、時に其規を越ゆるものあるを以て、従つて虚偽に流るゝを致せり。孔子も既に玉帛の礼の要を成さヾるは、鐘鼓の楽に於けるが如きを説けるにあらず乎。礼容を尊んで社交の儀文となすが故に、坐作進退の則よ67)り、会釈低頭の礼に至るまで、委曲細緻の作法を生じて、之を少者に教ふる厳に、之を習ふ密に、社交の態度必ずや端正なるべきを以てしたるは、固より其理なり。且つ夫れ飲食の作法は学問となり、点茶、喫茶も亦た儀礼となり、故に文〓あるもの必ずや之に通ぜざるべからずとせり。

書き下し

予は礼を尊ぶ。されど必ずや、之を以て諸徳の上に置かんとするものに非らず。礼のものたる、之を解かば、其の更に尊貴なる他の道徳と干与するを認めん。けだし何の徳か、果して孤立して存するや。士林の輩、特に礼を重んずと雖も、時に其規を越ゆるものあるを以て、従つて虚偽に流るるを致せり。孔子も既に玉帛の礼の要を成さざるは、鐘鼓の楽に於けるが如きを説けるにあらずや。礼容を尊んで社交の儀文となすが故に、坐作進退の則より、会釈低頭の礼に至るまで、委曲細緻の作法を生じて、之を少者に教ふる厳に、之を習ふ密に、社交の態度必ずや端正なるべきを以てしたるは、固より其理なり。且つ夫れ飲食の作法は学問となり、点茶、喫茶も亦た儀礼となり、故に文(教)あるもの必ずや之に通ぜざるべからずとせり。

現代語訳

私は礼を尊ぶ。しかし決して、これをほかの諸徳の上に置こうとするものではない。礼というものを分析してみれば、それがさらに尊い他の道徳とかかわっていることがわかるだろう。そもそも、どんな徳が孤立して存在しうるだろうか。武士の階層の者はとくに礼を重んじたが、時にその決まりを越える者がいたので、そのために虚偽に流れることにもなった。孔子もすでに、玉や絹を捧げるだけでは礼の要をなさないのは、鐘や太鼓を鳴らすだけでは音楽にならないのと同じだと説いたではないか。礼の姿を尊んで社交の儀式としたために、座り方、立ち居、進退の決まりから、会釈やお辞儀の礼に至るまで、細やかな作法が生まれ、これを若い者に厳しく教え、また綿密に習わせ、社交の態度はかならず端正でなければならないとしたのは、もとより当然のことである。さらに、飲食の作法は学問となり、茶を点てることや飲むことも儀礼となった。だから(教)養のある者は、必ずこれに通じていなければならないとされた。

解説

第六章の礼の論は、礼を最高の徳とはしないという断りから始まります。新渡戸は、礼を分析すれば仁や謙遜といったより尊い徳とつながっていると言い、徳は孤立しては存在しないと述べます。そのうえで、武士が礼を重んじすぎて虚偽に流れることもあったと認めます。引かれている孔子の言葉は『論語』陽貨篇の、礼と言っても玉や絹のことだろうか、楽と言っても鐘や太鼓のことだろうか、という句で、形だけでは礼にならないという意味です。後半では立ち居振る舞いから茶の作法までが学問のように磨かれたことを説明します。形を整えることと心を伴わせることの両方が語られています。あなたの礼儀は、相手を思う心から出ていますか、それとも形だけになっていませんか。

この章句が説くこと

礼作法虚礼茶道論語

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