武士道 / 第五章 仁・愛不忍の心・大鷲文吾の初音の句
されば文吾はその日より師をもとめて習はんとなしけれども、さすがに初心のはづかしく、他には問はで、おのが宅につくづく案じ居たりしが、折節庭に鶯の初音ゆかしくさえづりけるゆゑ、こゝぞ風流とやらんの發明なるべしと、首を傾け、やう〓〓その心をぞつらねける。鶯の初音をきく耳は別にしておく武士かな。かくしたゝめ、ひそかに大星に見せければ、由良之助はこれを見て、大によろこび、文字の數さへ揃はねどはじめて思ひ起せしものが、この風流を案じ得て、何ぞ雅言をなさゞらん。惜しいかな手示葉のつゞきいたらぬのみ、今すこし心を用ひ候へとありしゆゑ、大鷲文吾はうれしげによろこび歸るを聞傳へて、あざけりそしらぬものなく、いとおろかなる人なりとて、笑ひのたねとなりけるが、また二十日程過ぎて後、初音きく耳は別なる武士かな。
新字:されば文吾はその日より師をもとめて習はんとなしけれども、さすがに初心のはづかしく、他には問はで、おのが宅につくづく案じ居たりしが、折節庭に鶯の初音ゆかしくさえづりけるゆゑ、こゝぞ風流とやらんの発明なるべしと、首を傾け、やう〓〓その心をぞつらねける。鶯の初音をきく耳は別にしておく武士かな。かくしたゝめ、ひそかに大星に見せければ、由良之助はこれを見て、大によろこび、文字の数さへ揃はねどはじめて思ひ起せしものが、この風流を案じ得て、何ぞ雅言をなさゞらん。惜しいかな手示葉のつゞきいたらぬのみ、今すこし心を用ひ候へとありしゆゑ、大鷲文吾はうれしげによろこび帰るを聞伝へて、あざけりそしらぬものなく、いとおろかなる人なりとて、笑ひのたねとなりけるが、また二十日程過ぎて後、初音きく耳は別なる武士かな。
書き下し
されば文吾はその日より師をもとめて習はんとなしけれども、さすがに初心のはづかしく、他には問はで、おのが宅につくづく案じ居たりしが、折節庭に鶯の初音ゆかしくさへづりけるゆゑ、ここぞ風流とやらんの発明なるべしと、首を傾け、やう(やう)その心をぞつらねける。鶯の初音をきく耳は別にしておく武士かな。かくしたため、ひそかに大星に見せければ、由良之助はこれを見て、大によろこび、文字の数さへ揃はねど、はじめて思ひ起せしものが、この風流を案じ得て、何ぞ雅言をなさざらん。惜しいかな手爾葉のつづきいたらぬのみ、今すこし心を用ひ候へとありしゆゑ、大鷲文吾はうれしげによろこび帰るを聞き伝へて、あざけりそしらぬものなく、いとおろかなる人なりとて、笑ひのたねとなりけるが、また二十日程過ぎて後、初音きく耳は別なる武士かな。
現代語訳
そこで文吾はその日から師を求めて習おうとしたが、さすがに初心者であるのが恥ずかしく、人には尋ねずに、自分の家でじっと考えていた。ちょうどそのとき庭で鶯の初音が心ひかれるようにさえずったので、ここが風流というものを見いだすところに違いないと、首をかしげ、ようやくその心を句に連ねた。「鶯の初音をきく耳は別にしておく武士かな」。こう書きつけて、ひそかに大星に見せると、由良之助(大石内蔵助)はこれを見て大いに喜び、「字数さえそろっていないが、はじめて思い立った者がこの風流を思いついたのだから、どうして雅な言葉をなさないことがあろう。惜しいことに、てにをはのつながりが行き届いていないだけだ。もう少し心を用いなさい」と言った。そこで大鷲文吾がうれしそうに喜んで帰ったのを伝え聞いて、あざけり、そしらない者はなく、たいそう愚かな人だと笑いの種になった。だが、また二十日ほど過ぎたのち、「初音きく耳は別なる武士かな」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・雍也篇宰我問いて曰く、「仁者は之に告げて『井に仁有り』と曰うと雖も、其れ之に従わんか。」子曰く、「何為れぞ其れ然らんや。君子は逝かしむ可きも、陥る可からず。欺く可きも、罔う可からず。」
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論語・八佾篇子曰く、人にして仁ならずんば、礼を如(いかん)せん;人にして仁ならずんば、楽を如せん。
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論語・憲問篇「克・伐・怨・欲、行われずんば、以て仁と為す可きか。」子曰く、「以て難しと為す可し。仁は則ち吾知らざるなり。」
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論語・里仁篇子曰わく、不仁者は久しく約に処るべからず、長く楽に処るべからず。仁者は仁に安んじ、知者は仁を利とす。
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論語・里仁篇子曰わく、ただ仁者のみよく人を好み、よく人を悪む。
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論語・微子篇微子これを去り、箕子これに為に奴となり、比干諫めて死す。孔子曰わく、殷に三仁有り。
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