武士道 / 第二章 武士道の淵源・知行合一は王陽明
少し書を讀めば少し學者臭し、餘計書を讀めば、餘計學者臭し、こまりものなり」と曰ひ、學問若し、心念〓に同化するよりして、品性に發露すること無くんば、眞に學びたりとは謂ひ難しとせり盖し武士より見れば、學藝に專らなるの人は器械の如く、學問は倫理的情操に隷從するものにして、人も宇宙も共に齊しく靈あり、道あるものなりき。武士道は、宇宙の進行を以て非道德なりとする、ハツクスレーの斷定を容るゝ能はざりしなり。武士道は此類の知識を蔑視し、學問は終極の目的に非らず、之に志ざす所以のものは、唯だ智慧に通ずるの方便とするにありき。故に此目的を誤りたる腐儒の徒を賤むるに、指呼に應じて、錦心繡膓を吐き、風雲月露を彫むの便具となしたり。されば、學問と躬行とは、一致して相離るべからざるものなりとす。而して東洋に於て、此のソクラテス系の〓說と符節を合して、知行合一を指〓したるは、即ち支那の哲人王陽明なり。
新字:少し書を読めば少し学者臭し、余計書を読めば、余計学者臭し、こまりものなり」と曰ひ、学問若し、心念〓に同化するよりして、品性に発露すること無くんば、真に学びたりとは謂ひ難しとせり盖し武士より見れば、学芸に専らなるの人は器械の如く、学問は倫理的情操に隷従するものにして、人も宇宙も共に斉しく霊あり、道あるものなりき。武士道は、宇宙の進行を以て非道徳なりとする、ハツクスレーの断定を容るゝ能はざりしなり。武士道は此類の知識を蔑視し、学問は終極の目的に非らず、之に志ざす所以のものは、唯だ智慧に通ずるの方便とするにありき。故に此目的を誤りたる腐儒の徒を賤むるに、指呼に応じて、錦心繍膓を吐き、風雲月露を彫むの便具となしたり。されば、学問と躬行とは、一致して相離るべからざるものなりとす。而して東洋に於て、此のソクラテス系の〓説と符節を合して、知行合一を指〓したるは、即ち支那の哲人王陽明なり。
書き下し
少し書を読めば少し学者臭し、余計書を読めば、余計学者臭し、こまりものなり』と曰ひ、学問若し、心念(中)に同化するよりして、品性に発露すること無くんば、真に学びたりとは謂ひ難しとせり。けだし武士より見れば、学芸に専らなるの人は器械の如く、学問は倫理的情操に隷従するものにして、人も宇宙も共に斉しく霊あり、道あるものなりき。武士道は、宇宙の進行を以て非道徳なりとする、ハックスレーの断定を容るる能はざりしなり。武士道は此類の知識を蔑視し、学問は終極の目的に非らず、之に志ざす所以のものは、唯だ智慧に通ずるの方便とするにありき。故に此目的を誤りたる腐儒の徒を賤むるに、指呼に応じて、錦心繍腸を吐き、風雲月露を彫むの便具となしたり。されば、学問と躬行とは、一致して相離るべからざるものなりとす。而して東洋に於て、此のソクラテス系の(学)説と符節を合して、知行合一を指(示)したるは、即ち支那の哲人王陽明なり。
現代語訳
少し本を読めば少し学者臭くなり、たくさん本を読めばそれだけ学者臭くなる。困ったものだ」と言い、学問がもし心の(中)で自分のものとなって、人柄に表れることがなければ、本当に学んだとは言いがたいとした。思うに、武士から見れば、学芸ばかりに打ち込む人は機械のようなものであり、学問は倫理的な心のはたらきに従うべきものであって、人も宇宙もひとしく霊をもち、道をもつものであった。武士道は、宇宙の進行は道徳とは無関係だとするハクスリー(英国の生物学者)の断定を受け入れることができなかった。武士道はこのたぐいの知識を軽んじ、学問は最終の目的ではなく、それを志す理由は、ただ知恵に至るための手段とすることにあった。だから、この目的を取り違えた役に立たない儒者たちをさげすんで、呼べばすぐに美しい詩文を吐き出し、風や雲や月や露を刻んで飾るための便利な道具とみなした。それゆえ、学問と実践は一つになって、離れてはならないものとされた。そして東洋において、このソクラテス流の(学)説と割符を合わせたように一致して、知行合一を(示)したのが、中国の哲人、王陽明である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『格言聯璧』學問類・士は學有りと雖も行を本と爲す戰は陣有りと雖も、而も勇を本と爲す。 喪は禮有りと雖も、而も哀を本と爲す。 士は學有りと雖も、而も行を本と爲す。 飄風は以て宮商を調ふべからず。巧婦は以て中饋を主るべからず。文章の士は以て國家を治むべからず。 經濟は學問より出づれば、經濟方めて本源有り。
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『酔古堂剣掃』集豪・胸中に三斗の墨無くんば士大夫胸中に三斗の墨無くんば、何を以てか管城を運らさん。然れども恐らくは醞釀して宿陳すれば、之を出だすに光澤無からんのみ。
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『幽夢影』巻上・能く記するを難しと爲す書を藏するは難からず、能く看るを難しと爲す。書を看るは難からず、能く讀むを難しと爲す。書を讀むは難からず、能く用ふるを難しと爲す。能く用ふるは難からず、能く記するを難しと爲す。
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『幽夢影』巻上・紙上に兵を談ず文人の武事を講ずるは、大都紙上に兵を談ずるなり。武將の文章を論ずるは、半ば道聽途説に屬す。
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『酔古堂剣掃』集素・麈尾の閒談は畫餅の如し身外に身有り、麈尾を捉りて口を矢ひて閒談するは、真に畫餅の如し。 竅中に竅有り、蒲團に向かひて心を回らし究竟するは、方に是れ力田なり。
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『慎思録』巻之一子弟の輩、学を為すの道は、須らく論語孔子の教ふる所を以て法と為すべし。是れ聖門の懿訓、万世の模範なり。蓋し聖人は百世の師、天下の標準なり。其の言は乃ち万世の信なり。学者の仰慕して循守すべき所の者、豈に復た以て此に加ふる有らんや。学者須らく必ず是に由りて学ぶべし。是れ学問の成法為り。読書記誦の如きは、固より是れ子弟当務の事なり。然れども第一義と為すべからず。苟も孝弟謹信等の事を篤行して、余力有れば、則ち以て読書講習、博学審問を勤めと為すべし。須らく義理を講究し聡明を開発すべし。初学より成徳に至るまで、学を為すの法、須らく此くの如くなるべし。若し未だ孝弟忠信を以て善を為し力行して基本を立つること能はずして、徒らに博覧記誦を以て急務と為さば、是れ後世俗学口耳の習のみ。聖門人を教ふるの道に非ざるなり。
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