武士道 / 第二章 武士道の淵源・論語読みの論語知らず
而して其說く所或は社會の秩ノ作於2〓〓う、物序を危くし、之を破るものなりと目せられ、從つて多年の寃屈を免れざりしと雖、而も此賢人の道は、永へに武士の精神に宿りて遂に此れより離るゝことなかりき。之孔孟の書は幼者學に入るの第一の教科書にして、又た老者が以て議論の憑據となす所なりき。されど、唯だ此二聖賢の典籍を諳んずるに過ぎざるの徒の、曾て社會に重視せられたること無く、孔子の書の訓話にのみ通ずるの徒を、俚諺にも『論語讀みの論語知らず』と嘲り、眞の士人は、文學の徒を貶し、目するに書臭紙魚を以てしたり。三浦梅園の如きは、『學問は臭き菜のやうなり、能く能く臭みを去らざれば、用ひがたし。
新字:而して其説く所或は社会の秩ノ作於2〓〓う、物序を危くし、之を破るものなりと目せられ、従つて多年の冤屈を免れざりしと雖、而も此賢人の道は、永へに武士の精神に宿りて遂に此れより離るゝことなかりき。之孔孟の書は幼者学に入るの第一の教科書にして、又た老者が以て議論の憑拠となす所なりき。されど、唯だ此二聖賢の典籍を諳んずるに過ぎざるの徒の、曽て社会に重視せられたること無く、孔子の書の訓話にのみ通ずるの徒を、俚諺にも『論語読みの論語知らず』と嘲り、真の士人は、文学の徒を貶し、目するに書臭紙魚を以てしたり。三浦梅園の如きは、『学問は臭き菜のやうなり、能く能く臭みを去らざれば、用ひがたし。
書き下し
而して其説く所、或は社会の秩序を危くし、之を破るものなりと目せられ、従つて多年の冤屈を免れざりしと雖も、而も此賢人の道は、永へに武士の精神に宿りて、遂に此れより離るることなかりき。孔孟の書は幼者学に入るの第一の教科書にして、又た老者が以て議論の憑拠となす所なりき。されど、唯だ此二聖賢の典籍を諳んずるに過ぎざるの徒の、かつて社会に重視せられたること無く、孔子の書の訓詁にのみ通ずるの徒を、俚諺にも『論語読みの論語知らず』と嘲り、真の士人は、文学の徒を貶し、目するに書臭紙魚を以てしたり。三浦梅園の如きは、『学問は臭き菜のやうなり、能く能く臭みを去らざれば、用ひがたし。
現代語訳
そして孟子の説くところは、社会の秩序を危うくし、これを破るものだと見なされ、そのため長いあいだ不当な扱いを免れなかったが、それでもこの賢人の道は、いつまでも武士の精神に宿り、ついにそこから離れることはなかった。孔子と孟子の書物は、幼い者が学問に入るときの最初の教科書であり、また年長者が議論の拠りどころとするものであった。しかし、ただこの二人の聖賢の書を暗記しているだけの者が、社会で重んじられたことはなく、孔子の書の字句の解釈にだけ通じている者を、ことわざでも「論語読みの論語知らず」とあざけった。本物の武士は、文字ばかりの学者をさげすみ、書物の臭いのする紙魚(しみ)と見なした。三浦梅園(江戸中期の思想家)などは、「学問は臭い菜っ葉のようなものだ。よくよく臭みを抜かなければ使いものにならない。
解説
この章句が説くこと
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人物志・體別夫れ學は材を成す所以なり、疏は情を推す所以なり。偏材の性は、移轉すべからず。
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