武士道 / 第二章 武士道の淵源・孔子の道は豊富なる淵源
此宗教、否寧ろ此宗教の顯現する民族的情感は、君に忠に、國を愛するの念を以て、治く武士道を鼓吹せり。此等の念は教義たるよりも、寧ろ刺戟たるの作用を成す。神道は中世紀の基督教と異り、信徒に課するに、信條を以てすること稀に、之に反し、直截簡易の奉事を以てしたるものなり。〓嚴正なる倫理の教訓より觀れば、孔子の道は、豐富なる武士道の淵源なりき。孔子の宣べたる君臣、父子、夫婦長幼及そび朋友等五倫の教の如きは、我民族の本能の未だ聖人を俟たずして、夙に此れを重んじ、此れを行ふことを知りたるものなり。孔教は啻に其善を詮證するに過ぎず。盖し孔子の靜穩寛厚にして、常識ある政治道德教は、特に治者の位地にありたる武士に適し、貴族的、保守的なる其說は善く武人政治家の需要に合したりといふべし。孔子に亞ぎて、浩大なる感化を武士道に寄與したるは孟子なり。孟子の所說の、剛健にして、又た頗る平民的なるは、能く武士の同感性を動かすに足るものありき。
新字:此宗教、否寧ろ此宗教の顕現する民族的情感は、君に忠に、国を愛するの念を以て、治く武士道を鼓吹せり。此等の念は教義たるよりも、寧ろ刺戟たるの作用を成す。神道は中世紀の基督教と異り、信徒に課するに、信条を以てすること稀に、之に反し、直截簡易の奉事を以てしたるものなり。〓厳正なる倫理の教訓より観れば、孔子の道は、豊富なる武士道の淵源なりき。孔子の宣べたる君臣、父子、夫婦長幼及そび朋友等五倫の教の如きは、我民族の本能の未だ聖人を俟たずして、夙に此れを重んじ、此れを行ふことを知りたるものなり。孔教は啻に其善を詮証するに過ぎず。盖し孔子の静穏寛厚にして、常識ある政治道徳教は、特に治者の位地にありたる武士に適し、貴族的、保守的なる其説は善く武人政治家の需要に合したりといふべし。孔子に亜ぎて、浩大なる感化を武士道に寄与したるは孟子なり。孟子の所説の、剛健にして、又た頗る平民的なるは、能く武士の同感性を動かすに足るものありき。
書き下し
此宗教、否寧ろ此宗教の顕現する民族的情感は、君に忠に、国を愛するの念を以て、洽く武士道を鼓吹せり。此等の念は教義たるよりも、寧ろ刺戟たるの作用を成す。神道は中世紀の基督教と異り、信徒に課するに、信条を以てすること稀に、之に反し、直截簡易の奉事を以てしたるものなり。厳正なる倫理の教訓より観れば、孔子の道は、豊富なる武士道の淵源なりき。孔子の宣べたる君臣、父子、夫婦、長幼及び朋友等五倫の教の如きは、我民族の本能の未だ聖人を俟たずして、夙に此れを重んじ、此れを行ふことを知りたるものなり。孔教は啻に其善を詮証するに過ぎず。けだし孔子の静穏寛厚にして、常識ある政治道徳教は、特に治者の地位にありたる武士に適し、貴族的、保守的なる其説は善く武人政治家の需要に合したりといふべし。孔子に亜ぎて、浩大なる感化を武士道に寄与したるは孟子なり。孟子の所説の、剛健にして、又た頗る平民的なるは、能く武士の同感性を動かすに足るものありき。
現代語訳
この宗教、いやむしろこの宗教が表している民族の感情は、君に忠であり国を愛するという思いによって、あまねく武士道を奮い立たせた。これらの思いは教義というよりも、むしろ刺激としての働きをした。神道は中世のキリスト教とちがい、信徒に信条を課すことはまれで、それに代わって、まっすぐで簡素な祭祀のつとめを求めたものである。厳密な倫理の教えという面から見れば、孔子の道が武士道の豊かな源であった。孔子が説いた君臣・父子・夫婦・長幼・朋友の五倫の教えのようなものは、わが民族の本能が、聖人を待つまでもなく早くから重んじ、行うことを知っていたものである。孔子の教えは、ただそれが善いことを確かめたにすぎない。思うに、孔子の穏やかで寛大な、常識のある政治道徳の教えは、とくに治める者の地位にあった武士に適しており、貴族的で保守的なその説は、武人であり政治家でもある者の必要によく合ったと言うべきである。孔子に次いで大きな感化を武士道に与えたのは孟子である。孟子の説く所が力強く、またかなり民衆寄りであったことは、武士の共感を動かすに十分なものがあった。
解説
この章句が説くこと
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