武士道 / 第二章 武士道の淵源・神道の補ったもの
斯く定義を下せば、禪の道は廣大にして一宗一派の教義に拘捉せず、人若し絕對存在者を認識するに至らば、乃ち俗世間を解脫して、彼の鬼糞先生と共に、「新天、新地に覺醒すと叫破するを得ん。武士道に於て、佛教の供給する能はざりしものは、即ち神道ありて、裕かに之を補充せり。君王に對する忠義、祖先の崇拜及び孝義の三者の如きは、他の教義の誨ふる能はざる所にして、特り神道ありて之を訓へたり此三者は即ち武士道に與ふるに服從抑損の念を以てして、若し之を缺かんには、忽ち傲岸粗野の性癖に陷り易きより免かれしめたり。神道の教理は、基督教所信の原罪說を容れず。此れに反して性善を信じ、六根は元、神明の如くに清淨なりとし、靈魂を神の宮たる人心の至聖殿に祭り、此れよりして神託を聞くものなりとす。
新字:斯く定義を下せば、禅の道は広大にして一宗一派の教義に拘捉せず、人若し絶対存在者を認識するに至らば、乃ち俗世間を解脫して、彼の鬼糞先生と共に、「新天、新地に覚醒すと叫破するを得ん。武士道に於て、仏教の供給する能はざりしものは、即ち神道ありて、裕かに之を補充せり。君王に対する忠義、祖先の崇拝及び孝義の三者の如きは、他の教義の誨ふる能はざる所にして、特り神道ありて之を訓へたり此三者は即ち武士道に与ふるに服従抑損の念を以てして、若し之を欠かんには、忽ち傲岸粗野の性癖に陥り易きより免かれしめたり。神道の教理は、基督教所信の原罪説を容れず。此れに反して性善を信じ、六根は元、神明の如くに清浄なりとし、霊魂を神の宮たる人心の至聖殿に祭り、此れよりして神託を聞くものなりとす。
書き下し
かく定義を下せば、禅の道は広大にして一宗一派の教義に拘捉せず、人もし絶対存在者を認識するに至らば、乃ち俗世間を解脱して、彼の先生と共に、『新天、新地に覚醒す』と叫破するを得ん。武士道に於て、仏教の供給する能はざりしものは、即ち神道ありて、裕かに之を補充せり。君王に対する忠義、祖先の崇拝及び孝義の三者の如きは、他の教義の誨ふる能はざる所にして、ひとり神道ありて之を訓へたり。此三者は即ち武士道に与ふるに服従抑損の念を以てして、もし之を欠かんには、たちまち傲岸粗野の性癖に陥り易きより免かれしめたり。神道の教理は、基督教所信の原罪説を容れず。此れに反して性善を信じ、六根は元、神明の如くに清浄なりとし、霊魂を神の宮たる人心の至聖殿に祭り、此れよりして神託を聞くものなりとす。
現代語訳
こう定義すれば、禅の道は広大で一つの宗派の教義に縛られず、人が絶対存在者を認識するに至れば、俗世間を離れて、あの先生とともに、新しい天と新しい地に目覚めた、と叫び破ることができるでしょう。武士道において仏教が供給できなかったものは、神道があって豊かに補いました。君主に対する忠義、祖先の崇拝、および孝の三つは、他の教えが説くことのできないところで、ひとり神道がこれを教えました。この三つは武士道に、従い自分を抑える心を与え、もしこれを欠けばたちまち傲慢で粗野な性癖に陥りやすいところから免れさせました。神道の教理はキリスト教の信じる原罪説を認めません。これに反して性は善であると信じ、六根はもともと神のように清浄であるとし、霊魂を神の宮である人の心の至聖所に祭り、そこから神託を聞くものとします。
解説
この章句が説くこと
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