武士道 / 第二章 武士道の淵源・落穂を拾集して儀表を造る
陽明の說は、唯我獨尊主義に傾きて、或は不合理なるの譏を免れざるものあらん。されど其說は、人に强固の確信を與ふべき偉力を有するのみならず、又た特立の品性と、平靜なる情操とを發達せしむるに於て、其德果の顯著なりしことは、之を否むべからず。斯の如く、凡て何の源泉よりしたるにもせよ、武士道が吸收同化し得たる根本の主義は其數少くして、而も簡易なり。然りと雖、其主義たるや、我國史の紛糾亂麻の世、兵馬倥偬の日に在りて、猶ほ人生に與ふるに容與不逼の精神堅忍不撓の行爲を以てして餘ありき。我が祖先の武士は、健全至誠の天禀に賴り、古人の思想の大道小徑を歩みて、小把の落穗を拾集し、其の與ふる平板零碎の教訓よりして、多大の餌食を獲て、心神を養ひ、且つ時代の要求の刺勵する所、即ち此落穗を以て、比匹稀なる人間の新儀表を造り出したり。
新字:陽明の説は、唯我独尊主義に傾きて、或は不合理なるの譏を免れざるものあらん。されど其説は、人に強固の確信を与ふべき偉力を有するのみならず、又た特立の品性と、平静なる情操とを発達せしむるに於て、其徳果の顕著なりしことは、之を否むべからず。斯の如く、凡て何の源泉よりしたるにもせよ、武士道が吸収同化し得たる根本の主義は其数少くして、而も簡易なり。然りと雖、其主義たるや、我国史の紛糾乱麻の世、兵馬倥偬の日に在りて、猶ほ人生に与ふるに容与不逼の精神堅忍不撓の行為を以てして余ありき。我が祖先の武士は、健全至誠の天禀に頼り、古人の思想の大道小径を歩みて、小把の落穂を拾集し、其の与ふる平板零砕の教訓よりして、多大の餌食を獲て、心神を養ひ、且つ時代の要求の刺励する所、即ち此落穂を以て、比匹稀なる人間の新儀表を造り出したり。
書き下し
陽明の説は、唯我独尊主義に傾きて、或は不合理なるの譏を免れざるものあらん。されど其説は、人に強固の確信を与ふべき偉力を有するのみならず、又た特立の品性と、平静なる情操とを発達せしむるに於て、其徳果の顕著なりしことは、之を否むべからず。かくの如く、凡て何の源泉よりしたるにもせよ、武士道が吸収同化し得たる根本の主義は、其数少くして、而も簡易なり。然りと雖、其主義たるや、我国史の紛糾乱麻の世、兵馬倥偬の日に在りて、なお人生に与ふるに容与不逼の精神、堅忍不撓の行為を以てして余ありき。我が祖先の武士は、健全至誠の天稟に頼り、古人の思想の大道小径を歩みて、小把の落穂を拾集し、其の与ふる平板零砕の教訓よりして、多大の餌食を獲て、心神を養ひ、且つ時代の要求の刺励する所、即ち此落穂を以て、比匹稀なる人間の新儀表を造り出したり。
現代語訳
陽明の説は、自分だけを尊ぶ立場に傾いて、不合理だという謗りを免れないところがあるでしょう。しかしその説は、人に強い確信を与える力を持つだけでなく、独立した品性と平静な情操を育てる点で、その徳の実りが著しかったことは否めません。このように、どの源泉から来たにせよ、武士道が吸収し同化した根本の主義は数が少なく、しかも単純です。それでもその主義は、わが国史の乱れきった世、戦いに追われた日々にあって、なお人生に、ゆとりがあって追い詰められない精神と、堅く忍んでたわまない行いを与えてなお余りがありました。私たちの祖先の武士は、健全で誠実な生まれつきの性質に頼り、古人の思想の大道や小道を歩いて、ひと握りの落穂を拾い集め、その平板でばらばらな教訓から多くの食べ物を得て心を養い、また時代の要求が励ますところ、すなわちこの落穂によって、比べるものの稀な人間の新しい型を作り出しました。
解説

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