武士道 / 第十七章 武士道の將來・武士の教訓に抗する勢力
現時の精巧なる軍隊組織は、或は之を取つて、庇護の下に置くを得べしと雖、奈何せん、近世の戰爭は、此れをして其發達を持續せしむべき餘地を有せず。其尙ほ幼なるの日、之を保育したる神道は既に自から老いたり。支那古代の老聖賢は斥けられて、代ふるにベンザム及びミル一派の新進學徒あり。現時の國粹保存的傾向に阿諛し、從つて、今日の需用に迎合せる、適好なる倫理說の工夫發明せられたるあり。されど吾人は猶ほ唯だ其の黃なる聲の、黃色新聞に反響するを聞くに過ぎず。國家の權能も、社會の勢力も、共に其威を張つて武士の教訓に抗す。ヴエブレン氏の說けるが如く、既に『實業を重んずる社會に於て、禮法の頽廢せる、換言せば、人生の鄙野に陷りたる事は、感覺銳敏なる諸人の眼底に映ずる澆季文明の一大罪過なり』。
新字:現時の精巧なる軍隊組織は、或は之を取つて、庇護の下に置くを得べしと雖、奈何せん、近世の戦争は、此れをして其発達を持続せしむべき余地を有せず。其尚ほ幼なるの日、之を保育したる神道は既に自から老いたり。支那古代の老聖賢は斥けられて、代ふるにベンザム及びミル一派の新進学徒あり。現時の国粋保存的傾向に阿諛し、従つて、今日の需用に迎合せる、適好なる倫理説の工夫発明せられたるあり。されど吾人は猶ほ唯だ其の黄なる声の、黄色新聞に反響するを聞くに過ぎず。国家の権能も、社会の勢力も、共に其威を張つて武士の教訓に抗す。ヴエブレン氏の説けるが如く、既に『実業を重んずる社会に於て、礼法の頽廃せる、換言せば、人生の鄙野に陥りたる事は、感覚銳敏なる諸人の眼底に映ずる澆季文明の一大罪過なり』。
書き下し
現時の精巧なる軍隊組織は、或は之を取つて庇護の下に置くを得べしと雖、いかんせん、近世の戦争は此れをして其発達を持続せしむべき余地を有せず。其なお幼なるの日、之を保育したる神道は既に自から老いたり。支那古代の老聖賢は斥けられて、代ふるにベンサム及びミル一派の新進学徒あり。現時の国粋保存的傾向に阿諛し、従つて今日の需用に迎合せる、適好なる倫理説の工夫発明せられたるあり。されど吾人はなおただ、其の黄なる声の黄色新聞に反響するを聞くに過ぎず。国家の権能も、社会の勢力も、共に其威を張つて武士の教訓に抗す。ヴェブレン氏の説けるが如く、既に『実業を重んずる社会に於て礼法の頽廃せる、換言せば人生の鄙野に陥りたる事は、感覚鋭敏なる諸人の眼底に映ずる澆季文明の一大罪過なり』。
現代語訳
今日の精巧な軍隊組織は、あるいは武士道を取り込んで庇護のもとに置くことができるかもしれませんが、いかんせん近代の戦争には、それを発達させ続ける余地がありません。武士道がまだ幼かったころに育てた神道は、すでに自ら老いました。中国古代の老いた聖賢は斥けられ、代わってベンサムやミルの一派の新進の学徒がいます。今日の国粋を保存する傾向に媚び、したがって今日の需要に迎合した、都合のよい倫理説が工夫され発明されています。しかし私たちはなお、その黄色い声が黄色新聞に響くのを聞くにすぎません。国家の権能も社会の力も、ともに威を張って武士の教えに抗します。ヴェブレン氏が説いたように、すでに、実業を重んじる社会において礼法が頽廃したこと、言い換えれば人生が粗野に陥ったことは、感覚の鋭い人々の目に映る末世の文明の大きな罪だ、というわけです。
解説
この章句が説くこと
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