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武士道 / 第十六章 武士道の命脈・形而上哲学思想に乏しき

吾人の形而上哲學思想に乏しきは――我國の靑年の科學研究に於て、旣に嘖々の名聲を宇內に馳せたるものありと雖、一人能く哲學の範圍に於て、何等の貢献をなせるもの無し――其原因を繹ぬるに、武士道の教育制度の下に形而上學の訓練を閑却したるが故にあり。吾人が過大の感情、躁急なる性僻の責は功名心に歸すべく、外人の往々非難するが如くに、吾人若し自負尊大の念に熾なりとせば、これ又た名譽心の病的結果たるに外ならず。外客、日本を遊歷するに當り、頭髮蓬々、弊衣破袴巨杖を手にし、書册を挾みて、横行濶步し、世事我に於て關する無きの狀ある靑年を見たることありや。是れぞ即ち『書生』なる。彼は九地を小とし、九天を低しとす。宇宙人生に關する自說を編み、空中樓閣に住して、玄々の妙諦を餌食とし、眼に野心の火あり、心は知識に渴す。

新字:吾人の形而上哲学思想に乏しきは――我国の青年の科学研究に於て、旣に嘖々の名声を宇内に馳せたるものありと雖、一人能く哲学の範囲に於て、何等の貢献をなせるもの無し――其原因を繹ぬるに、武士道の教育制度の下に形而上学の訓練を閑却したるが故にあり。吾人が過大の感情、躁急なる性僻の責は功名心に帰すべく、外人の往々非難するが如くに、吾人若し自負尊大の念に熾なりとせば、これ又た名誉心の病的結果たるに外ならず。外客、日本を遊歴するに当り、頭髪蓬々、弊衣破袴巨杖を手にし、書册を挟みて、横行濶歩し、世事我に於て関する無きの状ある青年を見たることありや。是れぞ即ち『書生』なる。彼は九地を小とし、九天を低しとす。宇宙人生に関する自説を編み、空中楼閣に住して、玄々の妙諦を餌食とし、眼に野心の火あり、心は知識に渴す。

書き下し

吾人の形而上哲学思想に乏しきは、我国の青年の科学研究に於て既に嘖々の名声を宇内に馳せたるものありと雖、一人も能く哲学の範囲に於て何等の貢献をなせるもの無し、其原因を繹ぬるに、武士道の教育制度の下に形而上学の訓練を閑却したるが故にあり。吾人が過大の感情、躁急なる性癖の責は功名心に帰すべく、外人の往々非難するが如くに、吾人もし自負尊大の念に熾なりとせば、これ又た名誉心の病的結果たるに外ならず。外客、日本を遊歴するに当り、頭髪蓬々、弊衣破袴、巨杖を手にし、書冊を挟みて横行闊歩し、世事我に於て関する無きの状ある青年を見たることありや。是れぞ即ち『書生』なる。彼は九地を小とし、九天を低しとす。宇宙人生に関する自説を編み、空中楼閣に住して玄々の妙諦を餌食とし、眼に野心の火あり、心は知識に渇す。

現代語訳

私たちに形而上の哲学的思想が乏しいことは、わが国の青年が科学研究において世界に名声を馳せた者がいるのに、一人も哲学の分野で何らかの貢献をした者がいないことに表れています。その原因を探れば、武士道の教育制度のもとで形而上学の訓練をおろそかにしたからです。私たちの過剰な感情や短気な性癖の責任は功名心に帰すべきで、外国人がしばしば非難するように、私たちがもし自負と尊大の念に燃えているとすれば、これもまた名誉心の病的な結果にほかなりません。外国からの客が日本を旅するとき、髪はぼうぼう、破れた着物と袴で、大きな杖を手にし、本を抱えて大股で歩き、世の中のことは自分に関係ないという様子の青年を見たことがあるでしょうか。それが書生です。彼は大地を小さいとし、天を低いとします。宇宙と人生についての自説を編み、空中楼閣に住んで奥深い真理を食べ物とし、目には野心の火があり、心は知識に渇いています。

解説

欠点が三つ名指しされます。哲学の不在、過剰な感情と短気、自負と尊大。いずれも原因が教育制度と功名心に求められ、武士道に由来するとされます。科学では名を上げたが哲学では一人もいない、という指摘は痛烈で、第十章で抽象的な問題を扱わなかったことの帰結です。そして明治の書生の姿が生き生きと描かれ、次の段でその評価が示されます。

この章句が説くこと

哲学欠落功名尊大書生

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