武士道 / 第十六章 武士道の命脈・脆弱なる精神は称するに足らず
我國に於て駸々乎たる泰西文明の趨勢は、旣に其の古來の教訓修練を一掃して、復た其の痕跡を留めざるに至りし平。一國の精神にして若し斯の如くに薄命なるものならんには、甚だ悲むべしとす。脆弱なること、直ちに外來の感化に屈服するが如き精神は稱するに足らず。一國民の性格を形成する心理的要素の集成の固着性を帶ぶるは、即ち生物學者の所謂『鰭の魚類に於ける、嘴の鳥類に於ける、又た齒牙の肉食動物に於けるが如き其種屬の特有する不變の要質』に等しきものあり。ルボン氏は其近著『民族心理學』に於て、皮相淺膚なる速斷と、灼然たる總括論とを以て、『知識上の發見は、人類共有の傳產なり。性格の特質缺點は、各人民特有の傳產にして、此等は堅巖の如し、數千百年の間、日夜淙々たる水流の之を洗うて纔に其粗面圭角を砥礪するを得るものなり』と曰ふもの、其語勁拔殊に稱すべし。
新字:我国に於て駸々乎たる泰西文明の趨勢は、旣に其の古来の教訓修練を一掃して、復た其の痕跡を留めざるに至りし平。一国の精神にして若し斯の如くに薄命なるものならんには、甚だ悲むべしとす。脆弱なること、直ちに外来の感化に屈服するが如き精神は称するに足らず。一国民の性格を形成する心理的要素の集成の固着性を帯ぶるは、即ち生物学者の所謂『鰭の魚類に於ける、嘴の鳥類に於ける、又た齒牙の肉食動物に於けるが如き其種属の特有する不変の要質』に等しきものあり。ルボン氏は其近著『民族心理学』に於て、皮相浅膚なる速断と、灼然たる総括論とを以て、『知識上の発見は、人類共有の伝産なり。性格の特質欠点は、各人民特有の伝産にして、此等は堅巖の如し、数千百年の間、日夜淙々たる水流の之を洗うて纔に其粗面圭角を砥礪するを得るものなり』と曰ふもの、其語勁抜殊に称すべし。
書き下し
我国に於て駸々乎たる泰西文明の趨勢は、既に其の古来の教訓修練を一掃して、復た其の痕跡を留めざるに至りしか。一国の精神にして、もしかくの如くに薄命なるものならんには、甚だ悲むべしとす。脆弱なること、直ちに外来の感化に屈服するが如き精神は称するに足らず。一国民の性格を形成する心理的要素の集成の固着性を帯ぶるは、即ち生物学者の所謂『鰭の魚類に於ける、嘴の鳥類に於ける、又た歯牙の肉食動物に於けるが如き、其種属の特有する不変の要質』に等しきものあり。ル・ボン氏は其近著『民族心理学』に於て、皮相浅膚なる速断と灼然たる総括論とを以て、『知識上の発見は人類共有の伝産なり。性格の特質欠点は各人民特有の伝産にして、此等は堅巌の如し、数千百年の間、日夜淙々たる水流の之を洗うて、わずかに其粗面圭角を砥礪するを得るものなり』と曰ふもの、其語勁抜、殊に称すべし。
現代語訳
わが国において急速に進む西洋文明の流れは、すでに古来の教えと修練を一掃して、その痕跡も留めないほどになったのでしょうか。一国の精神がもしこれほど薄命なものであるなら、非常に悲しむべきことです。脆くて、ただちに外来の感化に屈服するような精神は、称えるに値しません。一国民の性格を形作る心理的な要素の集まりが固着性を帯びることは、生物学者のいう、鰭が魚にとって、嘴が鳥にとって、また歯が肉食動物にとってそうであるような、その種に特有の変わらない本質に等しいものがあります。ル・ボン氏はその近著『民族心理学』において、表面的な速断と明快な総括をもって、知識上の発見は人類共有の遺産である。性格の特質と欠点は各民族に特有の遺産であり、これらは堅い岩のようなもので、数百数千年の間、日夜さらさらと流れる水がそれを洗って、わずかに粗い表面と角を磨くことができるだけである、と言っています。その言葉は力強く、とくに称賛すべきものです。
解説
この章句が説くこと
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『武士道』第十六章 武士道の命脈・諸邦の偉力ある人物を結合する要素然るに、もし果して各個国民性格の特質欠点にして殊別の伝産と称すべきものあらんには、此説大に傾聴するに足るものあるべし。ただ惜むらくは、此種の杓子定規論たる、ル・ボンの未だ其著に筆を下すに及ばずして、つとにテオドル・ヴァイツ及びヒュー・ムレー等、人類学者の論破して復た余蘊なきものなることを。武士道の浸潤したる多種の道徳を考究して、之れが比較説明を欧洲の典拠に求むるに当り、武士道は毫も殊有の伝産たるべき特種の性格を有するものに非ざるを認めたり。もとより諸徳性の集成は全然特殊の形観を呈す。而して此集成は、即ちエマソンが名づけて『凡百の大勢力の分子を成して集合する複雑なる結果なり』と云ふものなり。されどコンコルドの哲人はル・ボンに異なり、此れを以て一種族、一国民の特殊伝産となさず、却つて之を称して『是れぞ諸邦の最偉力ある人物を結合して、相互の知識感情を疏通せしむる要素なり』となす。
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『武士道』第十六章 武士道の命脈・日本人の欠点もまた武士道に存す典雅流麗の文字、能く日本人の心機を解明したる小泉八雲を読まんか、さらば直ちに、其心機の作動は即ち武士道の作動の一例なるを見ん。我国上下を通じて礼節を重んずることも、亦たこれ武士道の遺産にして、世界の熟知する所、更に絮説を要せず。所謂『矮小漢』の不撓の体力を具し、又た堅忍勇敢なるは、日露戦役の能く証明したる所なり。人多く問ふ、『斯民にも勝りて忠君愛国の念を有するの国家ありや』と。而して吾人は傲然として、『他また是れ有ること無し』と答ふるを得るは、深く武士道の教訓に負ふものあるを感謝せずんばあらず。之に反し、日本人の性格に於ける彼の欠点短所は、其の責又た大いに武士道に存すとするは、すこぶる其当を得たり。
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『武士道』第十六章 武士道の命脈・廉恥の観念こそ最強の動機氏は又た問うて曰く、『何の処にか、日本を改造したる欧洲の使徒あり、碩学あり、政治家あり、はた又た煽動者ありや』と。論者は能く、日本の変造刷新を生ずるに至りたる所以の原動力の、全然日本人の中に存せるものなることを洞観したり。ただ氏にして、もし更に一歩を進めて日本民族の心理を探究したらんには、其の燃犀の観察眼は直ちに、彼の原動力の即ち武士道に外ならざる所以を確知するを得たりしならん。要するに我邦の、劣等国として他の侮蔑を蒙るに忍ぶ能はざる廉恥の観念は、これぞ即ち吾人の最強なる動機なりける。殖財又は興業を云々するが如きは、国家改新の道程に於て、ようやく近時に至りてわずかに醒起したる問題に過ぎざるのみ。武士道の感化のなおすこぶる炳然たるは、走りながらにも亦た之を読むことを得べく、日本人の生活を一瞥せば、おのづから釈然たるべし。
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『武士道』第十六章 武士道の命脈・形而上哲学思想に乏しき吾人の形而上哲学思想に乏しきは、我国の青年の科学研究に於て既に嘖々の名声を宇内に馳せたるものありと雖、一人も能く哲学の範囲に於て何等の貢献をなせるもの無し、其原因を繹ぬるに、武士道の教育制度の下に形而上学の訓練を閑却したるが故にあり。吾人が過大の感情、躁急なる性癖の責は功名心に帰すべく、外人の往々非難するが如くに、吾人もし自負尊大の念に熾なりとせば、これ又た名誉心の病的結果たるに外ならず。外客、日本を遊歴するに当り、頭髪蓬々、弊衣破袴、巨杖を手にし、書冊を挟みて横行闊歩し、世事我に於て関する無きの状ある青年を見たることありや。是れぞ即ち『書生』なる。彼は九地を小とし、九天を低しとす。宇宙人生に関する自説を編み、空中楼閣に住して玄々の妙諦を餌食とし、眼に野心の火あり、心は知識に渇す。
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『武士道』第十六章 武士道の命脈・新時代を形成する勢力たるべし氏の説たる、之を形而下の制度文物に於て云ふものなりとすれば、多く正鵠を逸せずと雖、もし之を根本的の倫理観念に適用せんとせば、多少の刪正を加へざるべからず。乃ち旧日本の創建者たり、又た其生産物たる武士道は、依然として過渡時代を指導するの主義にして、又た新時代を形成するの勢力たるべきなり。王政復古の狂瀾、維新回天の怒濤を冒して、我が国船を指揮したる大政治家の流は、皆其徳教の拠るべきもの、ただ武士道あるを知るの人なりき。近くは二三の者あり、基督教宣教師の新日本建設に与りて著大の貢献を為したることを徴証せんとす。予は固より、栄ある所に栄を帰せんことを欲す。されどここに云ふが如き名誉は、之を取りて我が賢明なる宣教師に賦与するに苦しむものなり。
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『武士道』第十六章 武士道の命脈・彼は武士道最後の零片なり貧窮はただ彼を駆迫するの一刺戟たるべく、其の富貴利達を見るや、以て品格の桎梏となす。彼は忠義の念、愛国の情の宝庫なり。彼は国家名誉の衛護たるを自任す。其徳質、其欠点を挙げて、彼は武士道最後の零片なり。武士道の効験は、其根帯はるかに遠く、又た強大なりと雖、既に云へるが如く、其感化は無意識にして、且つ冥々黙々の間に存す。国民の心情は、一旦其遺伝せる感念に訴へらるることあらんか、おのづから其理を知ること無くして直ちに之に応和す。故に同一の道徳思想と雖、之を表すに新訳語を以てすると、古来武士道の襲用せる言語を以てするとは、其効力に於て多大の径庭あり。かつて一人の基督教徒あり、信仰の道より離れて、牧師の忠言もついに其堕落を拯ふ能はざりしに、人あり彼に説いて、一旦其救主に誠実を盟ひて而して之に背くは忠義の道に非ずと陳ぶるや、彼は翻然としてたちまち其信仰に復帰したりと云ふ。