師導古典を学びたいすべての人に

武士道 / 第十四章 婦人の教育と地位・男子の為に肌を蔽わるるは

曾て大禁を犯して、生埋の刑に處せらる。其の穴を下るに當り、衣の一端地に觸れて、肌を露したり。守兵因つて之を蔽はんとしたれど、コルネリア辭するに、男子の爲に肌を蔽はるゝは、女子の耻づる所なりと云ひ、徐に其衣を正したる後、從容として死に就きたり。註(四)ダモンとピシアスと(DamonandPythias)は、共にシラキユース市の靑年にして、膠漆の交をなせり。ダモン曾て罪あり、、暴君ダイオニシアス(紀元前四百三十一年〜三百六十七年)の彼を死に處せんとするやダモン一度故鄕に歸り、其父母に見えんことを欲し、ビシアス、即ち彼に代りて質となるによつて王の許可を得たり。然るにダモンの旅行妨ぐる處ありて、而して死刑の日既に來る。

新字:曽て大禁を犯して、生埋の刑に処せらる。其の穴を下るに当り、衣の一端地に触れて、肌を露したり。守兵因つて之を蔽はんとしたれど、コルネリア辞するに、男子の為に肌を蔽はるゝは、女子の耻づる所なりと云ひ、徐に其衣を正したる後、従容として死に就きたり。註(四)ダモンとピシアスと(DamonandPythias)は、共にシラキユース市の青年にして、膠漆の交をなせり。ダモン曽て罪あり、、暴君ダイオニシアス(紀元前四百三十一年〜三百六十七年)の彼を死に処せんとするやダモン一度故郷に帰り、其父母に見えんことを欲し、ビシアス、即ち彼に代りて質となるによつて王の許可を得たり。然るにダモンの旅行妨ぐる処ありて、而して死刑の日既に来る。

書き下し

かつて大禁を犯して生埋の刑に処せらる。其の穴を下るに当り、衣の一端地に触れて肌を露したり。守兵因つて之を蔽はんとしたれど、コルネリア辞するに、男子の為に肌を蔽はるるは女子の恥づる所なりと云ひ、徐かに其衣を正したる後、従容として死に就きたり。註、ダモンとピシアスは、共にシラクサ市の青年にして、膠漆の交をなせり。ダモンかつて罪あり、暴君ディオニュシオス、紀元前四百三十一年から三百六十七年、の彼を死に処せんとするや、ダモン一度故郷に帰り其父母に見えんことを欲し、ピシアス即ち彼に代りて質となるによつて王の許可を得たり。然るにダモンの旅行に妨ぐる処ありて、而して死刑の日既に来る。

現代語訳

かつて大きな禁を犯して生き埋めの刑に処せられました。その穴を下りるにあたり、衣の端が地に触れて肌が露わになりました。番兵がそれを覆おうとしましたが、コルネリアは断って、男子の手で肌を覆われるのは女子の恥じるところです、と言い、静かに衣を整えた後、落ち着いて死に就きました。注。ダモンとピシアスはともにシラクサの青年で、膠と漆のように離れがたい交わりを結びました。ダモンにかつて罪があり、暴君ディオニュシオス、紀元前四三一年から三六七年、が彼を死刑にしようとしたとき、ダモンは一度故郷に帰って父母に会いたいと願い、ピシアスが彼に代わって人質になることで王の許可を得ました。ところがダモンの旅に差し障りが生じ、死刑の日が来てしまいました。

解説

ローマの巫女コルネリアの最期です。生き埋めにされる穴を下りながら、肌を覆おうとする番兵の手を断り、自分で衣を整えてから死に就く。処刑される身でありながら、最後まで自分の作法を手放さない姿です。前章の女性の自害の作法と重ねて置かれており、洋の東西を問わず同じ気概があったことを示します。後半は友情の逸話の注で、次の段に続きます。

この章句が説くこと

コルネリア尊厳作法比較

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる