武士道 / 第十四章 婦人の教育と地位・階級を降るに従い夫婦は均等に近し
さむらひの下級には、大多數の平民あり、農、工、商に分れて、平和の業務に服役す。さればハーバート、スペンサーの所謂武力社會の特色とは、即ち士族の階級に於てのみ之を見るを得たりと云べく、又た其の實業的社會の特色と稱するものゝ、此れが上下の階級に適用するを得べきは、即ち婦人の地位の之を明かにするものあり。女子の自由の拘束せられたるは、士族の間に於て最も甚だしとす。然るに奇觀なるは、社會の階級を降るに從ひ、例へば卑賤なる職工の間の如きに至りては、夫婦の地位頗る均等に近きものありき。又た高貴なること貴族の社會に在りて、男女兩性の關係を見るに其差等甚だ著しきを見ず。是れ乃ち男女性の異同の、著明なる實現を成すの機會に乏しく、飽食暖衣逸居して樂むの貴人却つて眞に女性化したるが故なり。
新字:さむらひの下級には、大多数の平民あり、農、工、商に分れて、平和の業務に服役す。さればハーバート、スペンサーの所謂武力社会の特色とは、即ち士族の階級に於てのみ之を見るを得たりと云べく、又た其の実業的社会の特色と称するものゝ、此れが上下の階級に適用するを得べきは、即ち婦人の地位の之を明かにするものあり。女子の自由の拘束せられたるは、士族の間に於て最も甚だしとす。然るに奇観なるは、社会の階級を降るに従ひ、例へば卑賤なる職工の間の如きに至りては、夫婦の地位頗る均等に近きものありき。又た高貴なること貴族の社会に在りて、男女両性の関係を見るに其差等甚だ著しきを見ず。是れ乃ち男女性の異同の、著明なる実現を成すの機会に乏しく、飽食暖衣逸居して楽むの貴人却つて真に女性化したるが故なり。
書き下し
さむらひの下級には大多数の平民あり、農、工、商に分れて平和の業務に服役す。さればハーバート・スペンサーの所謂武力社会の特色とは、即ち士族の階級に於てのみ之を見るを得たりと云ふべく、又た其の実業的社会の特色と称するものの、此れが上下の階級に適用するを得べきは、即ち婦人の地位の之を明かにするものあり。女子の自由の拘束せられたるは、士族の間に於て最も甚だしとす。然るに奇観なるは、社会の階級を降るに従ひ、例へば卑賤なる職工の間の如きに至りては、夫婦の地位すこぶる均等に近きものありき。又た高貴なること貴族の社会に在りて、男女両性の関係を見るに、其差等甚だ著しきを見ず。是れ乃ち男女性の異同の著明なる実現を成すの機会に乏しく、飽食暖衣逸居して楽む貴人の、却つて真に女性化したるが故なり。
現代語訳
武士の下には大多数の平民がいて、農工商に分かれて平和な仕事に従事しています。ですからハーバート・スペンサーのいう武力社会の特色は、武士の階級においてのみ見られると言うべきで、また実業的社会の特色と呼ばれるものが、その上下の階級に当てはまることは、婦人の地位がこれを明らかにします。女性の自由が拘束されたのは、武士の間で最も甚だしいものでした。ところが奇妙なことに、社会の階級を下るにつれて、たとえば身分の低い職人の間などでは、夫婦の地位がかなり均等に近いものがありました。また高貴な貴族の社会においても、男女の関係を見ると、その差はさほど著しくありません。これはつまり、男女の違いが明確に現れる機会に乏しく、食べるに困らず暖かい服を着て安楽に暮らす貴人のほうが、かえって本当に女性化したからです。
解説
この章句が説くこと
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呂氏春秋・處方⑤今、人此に有り、擅に行いを矯めば則ち國家を免れしめ、輕重を利すれば則ち衡石の如く、方圜を為せば則ち規矩の若くす。此れ則ち工なり巧なり。而れども法るに足らず。法なる者は、衆の同じくする所なり。賢不肖の其の力を以うる所なり。謀の用う可からざるに出で、事同じくす可からざるに出づるは、此れ先王の舍つる所なり。
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『十七条憲法』第四条四に曰わく、群臣(まえつきみ)百寮(もものつかさ)、礼を以て本(もと)と為(せ)よ。其れ民を治むるの本、要(かなめ)は礼に在り。上(かみ)礼無くんば下(しも)斉(ととの)わず。下(しも)礼無くんば以て必ず罪有り。是(ここ)を以て、群臣礼有れば、位次(くらい)乱れず。百姓(ひゃくせい)礼有れば、国家(こっか)自(おのずか)ら治まる。
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『墨子』天志下則ち夫の攻伐を好むの君、此の不仁義為るを知らず、以て四隣の諸侯に告げて曰く、「吾れ國を攻め、軍を覆し、將を殺すこと若干人なり」と。其の隣國の君も亦た此の不仁義為るを知らざるなり。其の皮幣を具え、其の綛處を發し、人をして饗賀せしむること有り。則ち夫の攻伐を好むの君、重ねて此の不仁不義為るを知らざること有り。之を竹帛に書し、之を府庫に蔵むこと有り。人の後子と為る者は、必ず且つ其の先君の行いに順わんと欲して曰く、「何ぞ吾が庫を發きて、吾が先君の法を視ざる」と。未だ必ずしも文武の政を為すや此くの若しと曰わざらんや。曰く、「吾れ國を攻め、軍を覆し、將を殺すこと若干人なり」と。則ち夫の攻伐を好むの君、此の不仁不義為るを知らず、其の隣國の君も此の不仁不義為るを知らず。是を以て攻伐、世世にして已まざるなり。此れ吾が謂う所の大物には則ち知らざるなり。
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『墨子』天志中此に止まるのみに非ず、竹帛に書し、之を金石に鏤め、之を槃盂に琢み、後世の子孫に傳え遺す。曰く、將に何を以て為さんとするや。將に以て夫の人を愛し人を利し、天の意に順いて、天の賞を得たる者を識さんとするなり。皇矣、之を道いて曰く、「帝、文王に謂う、予れ明徳を懷う。聲と色とを大にせず、夏を長ぜず革を以てせず、識らず知らず、帝の則に順う」と。帝、其の法則に順うを善しとす。故に殷を舉げて以て之に賞し、貴きこと天子と為し、富は天下を有たしめ、名譽、今に至るまで息まず。故に夫れ人を愛し人を利し、天の意に順いて、天の賞を得たる者は、既に得て留む可きのみ。
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