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武士道 / 第十四章 婦人の教育と地位・芸能は家内の娯楽を助くる

彼斯王曾て倫敦に遊びて、舞踏會に列す。而して王の其戯樂を共にせんことを促さるゝや、自國此伎を業とするの舞女あるを云ひ、竟に頑として之に應ぜざりしとは、吾人も亦た王と同感の念無き能はず。武門の女子の藝能に於ける、以て人に街ひ、世に誇らんが爲にあらず、藝能は家內の娯樂を助くるに在りき。若し又た宴席集會の坐に、其長技を示すことありとも、これ唯だ主婦の務を助けんが爲にして、即ち家人接客の一法たるに過ぎざりき。齊家の道は婦人の教育を指導す。其の文武を問はず、舊日本婦人の藝能は、主として家庭の爲にし、女子は遠く彷徨ふとも爐邊を忘れず、其の辛苦勞役し、一生を奉ずる所以のものは、一家の名譽と體面とを保持せんが爲なりき。

新字:彼斯王曽て倫敦に遊びて、舞踏会に列す。而して王の其戯楽を共にせんことを促さるゝや、自国此伎を業とするの舞女あるを云ひ、竟に頑として之に応ぜざりしとは、吾人も亦た王と同感の念無き能はず。武門の女子の芸能に於ける、以て人に街ひ、世に誇らんが為にあらず、芸能は家内の娯楽を助くるに在りき。若し又た宴席集会の坐に、其長技を示すことありとも、これ唯だ主婦の務を助けんが為にして、即ち家人接客の一法たるに過ぎざりき。斉家の道は婦人の教育を指導す。其の文武を問はず、旧日本婦人の芸能は、主として家庭の為にし、女子は遠く彷徨ふとも炉辺を忘れず、其の辛苦労役し、一生を奉ずる所以のものは、一家の名誉と体面とを保持せんが為なりき。

書き下し

彼の王かつて倫敦に遊びて舞踏会に列す。而して王の其戯楽を共にせんことを促さるるや、自国に此伎を業とするの舞女あるを云ひ、ついに頑として之に応ぜざりしとは、吾人も亦た王と同感の念無き能はず。武門の女子の芸能に於ける、以て人に衒ひ、世に誇らんが為にあらず、芸能は家内の娯楽を助くるに在りき。もし又た宴席集会の座に其長技を示すことありとも、これただ主婦の務を助けんが為にして、即ち家人接客の一法たるに過ぎざりき。斉家の道は婦人の教育を指導す。其の文武を問はず、旧日本婦人の芸能は主として家庭の為にし、女子は遠く彷徨ふとも炉辺を忘れず、其の辛苦労役し、一生を奉ずる所以のものは、一家の名誉と体面とを保持せんが為なりき。

現代語訳

あの王がかつてロンドンへ行って舞踏会に出席しました。王がその遊びをともにするよう促されたとき、自国にはこの技を職業とする踊り子がいると言って、ついに頑として応じなかったというのは、私たちもまた王と同じ気持ちを抱かずにいられません。武家の女性が芸能をするのは、人に見せびらかし世に誇るためではなく、芸能は家庭内の楽しみを助けるためにありました。もし宴席や集まりの場でその得意の技を示すことがあっても、それはただ主婦の務めを助けるためであり、家の者が客をもてなす一つの方法にすぎませんでした。家を整える道が婦人の教育を導きました。文であれ武であれ、昔の日本の婦人の芸能は主として家庭のためであり、女性は遠くをさまよっても炉辺を忘れず、辛苦し働き、一生を捧げる理由は、一家の名誉と体面を保つためでした。

解説

芸能の目的が、見せることではなく家庭の楽しみを助けることだと位置づけられます。人前で技を示すのも接客の一部だ、と。技術が個人の誇りではなく家の務めに従属している構図です。ただしこれは、女性の活動をすべて家に結びつける当時の枠組みそのままでもあります。芸が自分のものにならないという点で、この章の限界が現れているところでもあります。

この章句が説くこと

芸能家庭目的体面従属

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