武士道 / 第十二章 切腹及び敵討・生命は廉なりき
切腹を以て名譽の死となしたるは、自から多大なる誘惑の因素となりて、爰に無分別なる自殺者を生ずるに至りたり。毫も道義に合せず、又た死を値ひすること無き理由の故に、躁急なる若輩が、飛んで火に入る夏の蟲の如く、勿忙として死に就き、是非の曖昧なる動機よりして、武士の自から其命を殞するもの、修道院の門に馳する尼衆よりも多かりき。生命は廉に、即ち、世の定むる名譽の標準より量るに、頗る廉なりき。されど甚だ悲しむべきは、其名譽てふものゝ、謂はゞ常に兩替步合の定まりたるものに非らずして、必ずしも正金ならず却つて劣等の金屬を混和するものなりしことなりき。地獄の圏界中、かのダンテが、自殺の犧牲を幽閉したる第七圈ばかり、日本人の多數に誇るものばあらざるべし。
新字:切腹を以て名誉の死となしたるは、自から多大なる誘惑の因素となりて、爰に無分別なる自殺者を生ずるに至りたり。毫も道義に合せず、又た死を値ひすること無き理由の故に、躁急なる若輩が、飛んで火に入る夏の虫の如く、勿忙として死に就き、是非の曖昧なる動機よりして、武士の自から其命を殞するもの、修道院の門に馳する尼衆よりも多かりき。生命は廉に、即ち、世の定むる名誉の標準より量るに、頗る廉なりき。されど甚だ悲しむべきは、其名誉てふものゝ、謂はゞ常に両替歩合の定まりたるものに非らずして、必ずしも正金ならず却つて劣等の金属を混和するものなりしことなりき。地獄の圏界中、かのダンテが、自殺の犠牲を幽閉したる第七圏ばかり、日本人の多数に誇るものばあらざるべし。
書き下し
切腹を以て名誉の死となしたるは、おのづから多大なる誘惑の因素となりて、ここに無分別なる自殺者を生ずるに至りたり。毫も道義に合せず、又た死を値ひすること無き理由の故に、躁急なる若輩が、飛んで火に入る夏の虫の如く、匆忙として死に就き、是非の曖昧なる動機よりして、武士の自から其命を殞するもの、修道院の門に馳する尼衆よりも多かりき。生命は廉に、即ち世の定むる名誉の標準より量るに、すこぶる廉なりき。されど甚だ悲しむべきは、其名誉てふものの、謂はば常に両替歩合の定まりたるものに非らずして、必ずしも正金ならず、却つて劣等の金属を混和するものなりしことなりき。地獄の圏界中、かのダンテが自殺の犠牲を幽閉したる第七圏ばかり、日本人の多数に誇るものはあらざるべし。
現代語訳
切腹を名誉の死としたことは、おのずと大きな誘惑の要因となり、ここに無分別な自殺者を生むに至りました。少しも道義にかなわず、死ぬに値しない理由で、気の短い若者が飛んで火に入る夏の虫のように慌ただしく死に就き、是非の曖昧な動機から武士が自ら命を落とすことは、修道院の門へ走る尼僧よりも多かったのです。命は安く、すなわち世が定める名誉の基準で量れば、かなり安いものでした。しかし非常に悲しむべきは、その名誉というものが、いわば常に両替の相場が定まったものではなく、必ずしも正金ではなく、かえって劣った金属を混ぜたものだったことです。地獄の圏のうち、ダンテが自殺者を閉じ込めた第七圏ほど、日本人の多さを誇るものはないでしょう。
解説
この章句が説くこと
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