武士道 / 第十二章 切腹及び敵討・一撃の下に首体たちまち処を異にす
此時まで側に踞りて、善三郞の一擧一動を目じろきもせず打守りゐたる介錯は、やをら立ち上り、大刀を空に揮上げたり。秋水一閃、物悽き音、鞋と仆るゝ響、一撃の下に首體忽ち其處を異にせり。-場內間として死せるが如く、唯だ僅かに前なる死首より迸り出づる血の凄しき音のみ聞ゆ。此首の主こそ、今の今まで勇邁剛毅の人なりけるを。噫、懼しかりける事どもなりき。介錯は跪拜し、兼ねて用意したる白紙を取りて刄を拭ひつ、高座を下りぬ。血染の短刀は今日の仕置の證據として、嚴かに持ち去られたり。かくて御門の役人二人は其座を離れて、外國檢使の前に來り、多紀善三郞の處刑滯無く相濟みたり、實見せられよと云ふ。儀式はこれにて終はりぬ。
新字:此時まで側に踞りて、善三郎の一挙一動を目じろきもせず打守りゐたる介錯は、やをら立ち上り、大刀を空に揮上げたり。秋水一閃、物悽き音、鞋と仆るゝ響、一撃の下に首体忽ち其処を異にせり。-場内間として死せるが如く、唯だ僅かに前なる死首より迸り出づる血の凄しき音のみ聞ゆ。此首の主こそ、今の今まで勇邁剛毅の人なりけるを。噫、懼しかりける事どもなりき。介錯は跪拝し、兼ねて用意したる白紙を取りて刄を拭ひつ、高座を下りぬ。血染の短刀は今日の仕置の證拠として、厳かに持ち去られたり。かくて御門の役人二人は其座を離れて、外国検使の前に来り、多紀善三郎の処刑滞無く相済みたり、実見せられよと云ふ。儀式はこれにて終はりぬ。
書き下し
此時まで側に踞りて、善三郎の一挙一動を目じろぎもせず打守りゐたる介錯は、やをら立ち上り、大刀を空に揮上げたり。秋水一閃、物凄き音、どうと仆るる響、一撃の下に首体たちまち其処を異にせり。場内、粛として死せるが如く、ただわずかに前なる死首より迸り出づる血の凄しき音のみ聞ゆ。此首の主こそ、今の今まで勇邁剛毅の人なりけるを。ああ、懼しかりける事どもなりき。介錯は跪拝し、かねて用意したる白紙を取りて刃を拭ひつ、高座を下りぬ。血染の短刀は今日の仕置の証拠として、厳かに持ち去られたり。かくて御門の役人二人は其座を離れて、外国検使の前に来り、滝善三郎の処刑滞り無く相済みたり、実見せられよと云ふ。儀式はこれにて終はりぬ。
現代語訳
このときまで傍らにうずくまり、善三郎の一挙一動をまばたきもせず見守っていた介錯は、おもむろに立ち上がり、大刀を空へ振り上げました。刀の一閃、すさまじい音、どうと倒れる響き、一撃のもとに首と体がたちまち離れました。場内は静まり返って死んだようで、ただわずかに前にある首から迸り出る血の恐ろしい音だけが聞こえます。この首の主こそ、今の今まで勇ましく剛毅な人であったのに。ああ、恐ろしいことでした。介錯はひざまずいて拝し、かねて用意した白い紙を取って刃を拭い、高座を下りました。血に染まった短刀は今日の仕置きの証拠として、厳かに持ち去られました。こうして幕府の役人二人がその座を離れ、外国の検使の前に来て、滝善三郎の処刑は滞りなく済みました、ご覧いただきたい、と言いました。儀式はこれで終わりました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武士道』第十二章 切腹及び敵討・介錯とは英語に訳すべき文字なし高き燭台は程よき間に並びて、異様の薄暗き光を放ち、先づは今日の仕置を見るに足れり。七人の日本検使は高座の左方に在り、七人の外国人は其右に在り。他には又た一人をも見ず。ややしばらく待つ程に、滝善三郎は徐々と歩み出でたり。此人当年三十二歳、気品高尚に、身には礼服たる麻裃を折目正しく着なせり。後には一人の介錯と、金糸の刺繍ある陣羽織を着たる三人の役人随ふ。介錯とは英語に之を訳すべき文字あらず、エクセキューショナーとはおのづから異なり、士人之に任じ、多くは咎人の親戚、又たは友人より簡抜す。而して両者の関係は、咎人と創手とに非らずして、寧ろ主副の如し。今日の介錯は滝善三郎の門弟にして、剣道の達人たるが故、多数の友人中より特選せられたるものなり。
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『武士道』第十二章 切腹及び敵討・顔は糸一筋だも戦かず『拙者、今其の大罪を負ひて切腹致す。各方には検視の御役目、御苦労に存候』。またもや一礼終つて、善三郎は上衣を帯元まで脱ぎ下げ、腰の辺を露はせり。仰向に倒るること無からんやう、形の如く、静かに両袖を膝下に敷き入れたり。凡そ優尚なる日本の士人は、俯伏し仆れて死すべきものなりとせり。善三郎、じつと思入ありて、前なる短刀を確かと取り上げ、嬉しげに、さも愛着するばかりに打眺めて、しばらくは最期の観念を凝らすよと見えしが、やがて左の腹を深く刺して、徐かに右に引廻し、又た元に返して少しく切り上げたるは、凄ましとも痛ましかりける次第なり。されど善三郎が顔は、糸一筋だも戦かず、かくて短刀を引抜きつ、頸を差し伸べたる時、苦痛の色の初めて其顔にほのめきたれど、少しも音声に現はれず。
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『武士道』第十二章 切腹及び敵討・ミットフォードの見た切腹切腹は自殺の美なり。感情冷静、態度沈重なるに非らざるよりは、人能く之を行ふを得ず。かるが故に、切腹は特に武士に適したるものなりき。或は是れ好古癖に偏するの嫌ひなきにあらずと雖、予はなお此の既に廃絶せる儀式を記述せんことを欲す。されど既に能文の士の、巧みに之を描写せるあり、其書今や広く行はれざるを以て、予は此れよりして、いささか長文を引用せん。ミットフォード氏の名著『日本昔譚』は、日本の珍文書より得たる切腹説を訳載せる後、著者自から検使の一人たりし左の切腹の実例を詳記す。予等七人の公使館員は、日本検使の案内に連れて、儀式の執行せらるべき寺院の本堂に進み入りぬ。見るに其状甚だ森厳なり。堂内は屋宇高うして、煤黒の柱梁之を支へ、天井よりは寺院特有の仏燈、瓔珞、天蓋垂れ、高き仏壇の前には、床上三四寸の座席を設け、新畳を布き、紅毛氈を広げたり。
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『武士道』第十二章 切腹及び敵討・八麿より先ず腹切れよ我等は寺院を去れり。我国の文学、もしくは実見者の物語よりして切腹の状景を徴せんとせば、けだし枚挙にいとまあらずと雖、予はただここに以下の一例を加ふるを以て足れりとせん。左近、内記の兄弟あり、兄は二十四歳、弟は十八歳なりけるが、乃父の仇を報ぜんと欲して家康を付け狙ひたるに、不運にも其陣屋に忍び入らんとする際、捕へられて、哀れ身は俎上の人となりたり。然るに老英雄は、己れを害せんとしたる兄弟の者の健気なる志を愛でて、誉の最期を遂げ得させよと命じたり。かくて一族の男子は皆罪せらるべきに定まりて、両人が季弟に八麿とて、当年八歳なりけるも、亦た死を賜はりぬ。三人の者は刑場たる一寺に引立てられたり。其場に居合せたる医師の日誌の、其状を記したるを見れば、三人の兄弟は今を最期の座に押し据ゑられたるに、左近は季弟に向ひて、『八麿より先づ腹切れよ、切損じ無きやう見届けくれんぞ』と云ふ。
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『武士道』第十二章 切腹及び敵討・数項の刑法明文が根絶せしめたそれ正義の観念にして充足せらるべくんば、何ぞ更に又た敵討を要とせんや。然るに新英州の一神学者の評するが如くに、敵討のもし果して『犠牲の生血に渇し、之に飽かんことを欲するの希望を餌食とする餓虎の心念』を意味するものなりとせば、わずかに数項の刑法明文の、直ちに之を根絶せしめたる事、いづくんぞ能く今日の如くなるを得んや。切腹も亦た法度上、既に其存在を認めざるに至りたりと雖、吾人はなお往々、敢て之を行ふものあるを聞く。而して過去の記憶の継続せん限り、これを耳にすることあるべし。自殺宗信者の数は、世界中懼るべき速力を以て増加しつつあるものなるを以て、無痛瞬時の新自殺法は多く行はるるに至らん。されど自殺論の著者モルセリ教授は、必ずや切腹を以て、自殺の貴族的なるものとなすに同意せん。
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『武士道』第十二章 切腹及び敵討・刀は武士の魂なり氏曰く、苦痛劇甚なる方法により、又た長時の苦悶を生ずる自殺は、百中九十九まで狂信、発狂もしくは病的刺戟によりて精神錯乱せるものの行為なりと認むるを得べしと。然るに尋常なる切腹は、狂信、錯乱、又は発奮の片影をも存せず、却つて冷静の極、始めて能く之を行ひ得て、其美を称せらる。トラン博士は自殺を分つて、合理又は仮似なるものと、不合理又たは真正なるものとの二種となせるが、切腹は即ち前者の最好例なりと云ふべし。此等の惨憺たる法度より見るも、亦た武士道の常経より見るも、刀剣の具の武士社会の修練と生涯とに、必須の任務を有したることを推知するに難からず。曰く、『刀は武士の魂』なりと。格言にも是あり。