武士道 / 第十二章 切腹及び敵討・ミットフォードの見た切腹
切腹は自殺の美なり。感情冷靜、體度沈重なるに非らざるよりは、人能く之を行ふを得ず。かるが故に、切腹は特に武士に適したるものなりき。或は是れ好古癖に偏するの嫌ひなきにあらずと雖、子は猶ほ此の旣に廢絕せる儀式を記述せんことを欲す。されど旣に能文の士の巧みに之を描寫せるあり、其書今や廣く行はれざるを以て、子は此れよりして、聊か長文を引用せん。ミツトフオルド氏の名著『日本昔譚』は、日本の珍文書より得たる切腹說を譯載せる後、著者自から檢使の一人たりし左の切腹の實例を詳記す。予等七人の公使館員は日本檢使の案內に連れて、儀式の執行せらるべき寺院の本堂に進み入りぬ。見るに其狀甚だ森嚴なり。堂內は屋宇高うして、煤黑の柱梁之を支へ、天井よりは寺院特有の佛燈、瓔珞、天蓋垂れ高き佛壇の前には、床上三四寸の座席を設け、新疊を布き紅毛氈を廣げたり。
新字:切腹は自殺の美なり。感情冷静、体度沈重なるに非らざるよりは、人能く之を行ふを得ず。かるが故に、切腹は特に武士に適したるものなりき。或は是れ好古癖に偏するの嫌ひなきにあらずと雖、子は猶ほ此の旣に廃絶せる儀式を記述せんことを欲す。されど旣に能文の士の巧みに之を描写せるあり、其書今や広く行はれざるを以て、子は此れよりして、聊か長文を引用せん。ミツトフオルド氏の名著『日本昔譚』は、日本の珍文書より得たる切腹説を訳載せる後、著者自から検使の一人たりし左の切腹の実例を詳記す。予等七人の公使館員は日本検使の案内に連れて、儀式の執行せらるべき寺院の本堂に進み入りぬ。見るに其状甚だ森厳なり。堂内は屋宇高うして、煤黒の柱梁之を支へ、天井よりは寺院特有の仏灯、瓔珞、天蓋垂れ高き仏壇の前には、床上三四寸の座席を設け、新畳を布き紅毛氈を広げたり。
書き下し
切腹は自殺の美なり。感情冷静、態度沈重なるに非らざるよりは、人能く之を行ふを得ず。かるが故に、切腹は特に武士に適したるものなりき。或は是れ好古癖に偏するの嫌ひなきにあらずと雖、予はなお此の既に廃絶せる儀式を記述せんことを欲す。されど既に能文の士の、巧みに之を描写せるあり、其書今や広く行はれざるを以て、予は此れよりして、いささか長文を引用せん。ミットフォード氏の名著『日本昔譚』は、日本の珍文書より得たる切腹説を訳載せる後、著者自から検使の一人たりし左の切腹の実例を詳記す。予等七人の公使館員は、日本検使の案内に連れて、儀式の執行せらるべき寺院の本堂に進み入りぬ。見るに其状甚だ森厳なり。堂内は屋宇高うして、煤黒の柱梁之を支へ、天井よりは寺院特有の仏燈、瓔珞、天蓋垂れ、高き仏壇の前には、床上三四寸の座席を設け、新畳を布き、紅毛氈を広げたり。
現代語訳
切腹は自殺の美です。感情が冷静で態度が重厚でなければ、人はこれを行うことができません。ですから切腹はとくに武士に適したものでした。あるいは好古趣味に偏る嫌いがなくはありませんが、私はなおこのすでに廃れた儀式を記しておきたい。しかしすでに文章の巧みな人がうまく描写したものがあり、その本が今では広く読まれていないので、私はそこからいささか長い文を引用しましょう。ミットフォード氏の名著『昔の日本の物語』は、日本の珍しい文書から得た切腹の説明を訳載したあと、著者自身が検使の一人であった次の切腹の実例を詳しく記しています。私たち七人の公使館員は、日本の検使の案内に連れられて、儀式が行われる寺院の本堂へ入りました。見ると、その様子はたいそう厳かです。堂内は天井が高く、煤で黒くなった柱と梁がこれを支え、天井からは寺院特有の仏灯や瓔珞や天蓋が垂れ、高い仏壇の前には床から三、四寸の座席を設け、新しい畳を敷いて赤い毛氈を広げていました。
解説
この章句が説くこと
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『武士道』第十二章 切腹及び敵討・顔は糸一筋だも戦かず『拙者、今其の大罪を負ひて切腹致す。各方には検視の御役目、御苦労に存候』。またもや一礼終つて、善三郎は上衣を帯元まで脱ぎ下げ、腰の辺を露はせり。仰向に倒るること無からんやう、形の如く、静かに両袖を膝下に敷き入れたり。凡そ優尚なる日本の士人は、俯伏し仆れて死すべきものなりとせり。善三郎、じつと思入ありて、前なる短刀を確かと取り上げ、嬉しげに、さも愛着するばかりに打眺めて、しばらくは最期の観念を凝らすよと見えしが、やがて左の腹を深く刺して、徐かに右に引廻し、又た元に返して少しく切り上げたるは、凄ましとも痛ましかりける次第なり。されど善三郎が顔は、糸一筋だも戦かず、かくて短刀を引抜きつ、頸を差し伸べたる時、苦痛の色の初めて其顔にほのめきたれど、少しも音声に現はれず。
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