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武士道 / 第十二章 切腹及び敵討・切腹は律法並に礼法の制度

尋常の處刑に於けるが如く、縱令肉體の窘迫なかりしにもせよ、法官の命令は正しく窘迫にして、『汝は死すべし――己が手によりて死すべし』と云へるものなり。自殺とは、單に自己の手に依りて死するの謂なりとせば、ソクラテスは明かに自殺を行ひたるものに非らずや。されど世は彼を譴むるに自殺を以てするを欲せず。又た自殺を忌みたるプラトーは、其師を目するに自殺者を以てせざりき。讀者は旣に切腹の單に自殺の行爲に非ざるを認めたるべし。切腹は律法並に禮法の制度なりき。切腹は中世紀に創まりて、武士が、罪を贖ひ、過を謝し、耻を免れ友に償ひ又た自家の誠實を表明するの作法なりき此れを刑罰として人に加ふるには、必らず之に適する莊重なる儀式ありき。

新字:尋常の処刑に於けるが如く、縦令肉体の窘迫なかりしにもせよ、法官の命令は正しく窘迫にして、『汝は死すべし――己が手によりて死すべし』と云へるものなり。自殺とは、単に自己の手に依りて死するの謂なりとせば、ソクラテスは明かに自殺を行ひたるものに非らずや。されど世は彼を譴むるに自殺を以てするを欲せず。又た自殺を忌みたるプラトーは、其師を目するに自殺者を以てせざりき。読者は旣に切腹の単に自殺の行為に非ざるを認めたるべし。切腹は律法並に礼法の制度なりき。切腹は中世紀に創まりて、武士が、罪を贖ひ、過を謝し、耻を免れ友に償ひ又た自家の誠実を表明するの作法なりき此れを刑罰として人に加ふるには、必らず之に適する荘重なる儀式ありき。

書き下し

尋常の処刑に於けるが如く、たとひ肉体の窘迫なかりしにもせよ、法官の命令は正しく窘迫にして、『汝は死すべし――己が手によりて死すべし』と云へるものなり。自殺とは、単に自己の手に依りて死するの謂なりとせば、ソクラテスは明かに自殺を行ひたるものに非らずや。されど世は彼を譴むるに自殺を以てするを欲せず。又た自殺を忌みたるプラトンは、其師を目するに自殺者を以てせざりき。読者は既に、切腹の単に自殺の行為に非ざるを認めたるべし。切腹は律法並に礼法の制度なりき。切腹は中世紀に創まりて、武士が罪を贖ひ、過を謝し、恥を免れ、友に償ひ、又た自家の誠実を表明するの作法なりき。此れを刑罰として人に加ふるには、必らず之に適する荘重なる儀式ありき。

現代語訳

通常の処刑のように、たとえ肉体を押さえつける強制がなかったとしても、裁判官の命令はまさに強制であって、汝は死ぬべし、自分の手で死ぬべし、と言うものです。自殺とは単に自分の手で死ぬことだとすれば、ソクラテスは明らかに自殺を行った者ではありませんか。しかし世間は彼を自殺として責めようとしません。また自殺を忌み嫌ったプラトンも、師を自殺者とは見なしませんでした。読者はすでに、切腹が単なる自殺の行為ではないことを認めたでしょう。切腹は法と礼法の制度でした。切腹は中世に始まり、武士が罪を贖い、過ちを詫び、恥を免れ、友に償い、また自分の誠実を表明する作法でした。これを刑罰として人に加えるには、必ずそれにふさわしい荘重な儀式がありました。

解説

切腹の定義が定まります。単なる自殺ではなく、法と礼法の制度だ、と。用途も五つ挙げられます。罪の贖い、詫び、恥からの解放、友への償い、誠実の表明。個人の絶望ではなく社会的な手続きだったことが示されます。ソクラテスの例を先に置いたのは、強制された自死を自殺と呼ぶかという線引きの難しさを示すためで、論の運びが周到です。

この章句が説くこと

切腹制度贖罪儀式定義

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