武士道 / 第十二章 切腹及び敵討・哲学者の始祖の死も半ば自殺
其靈魂を幽冥に葬れるもの、知らず果して幾許人なるやを。武士道は名譽を伴ふの死を以て、盤根錯節を斷つの利刄なりとせり。されば志望雄大なる武士は、天命を完うして死するを以て無氣力平凡にして、士の冀ふべき最期にあらずとしたり。惟ふに基督教徒と雖、若し明らさまに其心情を告白する者ならんには、彼のカトー・ブルタス・ペトロニアス其他古代の俊豪の、自から此世の生命を喪ひたる、其莊高沈重なる態度を見て、現はに、之を賞揚すること無しとすとも、尙ほ且つ此れが美觀に恍惚たるを云ふもの必ずや少からざるべし。哲學者の始祖の死も亦た半ば自殺なりと云はんとせば、此れ果して過言なるべき乎。其門弟子よりして、其師が逃走の機會を避け、自から道義上誤謬あるを認識せる國家の命令に服從して、己が手に毒杯を取り、而して先づ其毒液を注いで神明に捧げたるの狀を審かにするの時、ソクラテスの所行態度は、凡て此れ自殺の行爲なるを認むべきに非らずや。
新字:其霊魂を幽冥に葬れるもの、知らず果して幾許人なるやを。武士道は名誉を伴ふの死を以て、盤根錯節を断つの利刄なりとせり。されば志望雄大なる武士は、天命を完うして死するを以て無気力平凡にして、士の冀ふべき最期にあらずとしたり。惟ふに基督教徒と雖、若し明らさまに其心情を告白する者ならんには、彼のカトー・ブルタス・ペトロニアス其他古代の俊豪の、自から此世の生命を喪ひたる、其荘高沈重なる態度を見て、現はに、之を賞揚すること無しとすとも、尚ほ且つ此れが美観に恍惚たるを云ふもの必ずや少からざるべし。哲学者の始祖の死も亦た半ば自殺なりと云はんとせば、此れ果して過言なるべき乎。其門弟子よりして、其師が逃走の機会を避け、自から道義上誤謬あるを認識せる国家の命令に服従して、己が手に毒杯を取り、而して先づ其毒液を注いで神明に捧げたるの状を審かにするの時、ソクラテスの所行態度は、凡て此れ自殺の行為なるを認むべきに非らずや。
書き下し
其霊魂を幽冥に葬れるもの、知らず果して幾許人なるやを。武士道は名誉を伴ふの死を以て、盤根錯節を断つの利刃なりとせり。されば志望雄大なる武士は、天命を完うして死するを以て、無気力平凡にして、士の冀ふべき最期にあらずとしたり。惟ふに基督教徒と雖、もし明らさまに其心情を告白する者ならんには、彼のカトー・ブルータス・ペトロニウス其他古代の俊豪の、自から此世の生命を喪ひたる、其荘高沈重なる態度を見て、現はに之を賞揚すること無しとすとも、なお且つ此れが美観に恍惚たるを云ふもの、必ずや少からざるべし。哲学者の始祖の死も亦た半ば自殺なりと云はんとせば、此れ果して過言なるべきか。其門弟子よりして、其師が逃走の機会を避け、自から道義上誤謬あるを認識せる国家の命令に服従して、己が手に毒杯を取り、而して先づ其毒液を注いで神明に捧げたるの状を審かにするの時、ソクラテスの所行態度は、凡て此れ自殺の行為なるを認むべきに非らずや。
現代語訳
その霊魂を冥界に葬った者が、果たして何人いるか分かりません。武士道は名誉を伴う死を、絡み合った根と節を断つ鋭い刃だとしました。ですから志の大きな武士は、天命を全うして死ぬことを、気力のない平凡なことで、武士が望むべき最期ではないとしました。思うにキリスト教徒であっても、もし率直に心情を告白する者なら、あのカトーやブルータスやペトロニウスその他古代の英傑が自らこの世の命を絶った、その荘厳で重々しい態度を見て、公然と讃えることはないとしても、なおその美しさにうっとりすると言う者は必ず少なくないでしょう。哲学者の始祖の死もまた半ば自殺だと言ったら、それは言い過ぎでしょうか。弟子たちから、その師が逃げる機会を避け、自ら道義上の誤りがあると認めた国家の命令に従い、自分の手で毒杯を取り、まずその毒を注いで神に捧げた様子を詳しく知るとき、ソクラテスの行いと態度は、すべて自殺の行為だと認めるべきではないでしょうか。
解説
この章句が説くこと
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