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武士道 / 第十一章 克己・静かに秘かに成育を得しめよ

心念の洵に至誠熱烈なる雄辯に溢るゝ時に於ても、能く之を內に制する能はずして舌を弛め、唇を開いて、之を言語に洩すが如きは幾んど稀なり。漫に精神上の實驗を聲に發せんことを勸むるは、即ちモーゼの第三戒(汝等神の名をみだりに唱ふべからず)を破ることを慫慂する所以なり。日本士人の耳は、鳥合の聽衆に向つて、最も靈奧なる言語、最も秘密なる情念の實驗を吐露するを聞くことを厭ふ。『汝の靈魂の土壤よりして、溫爽なる思想の微動するを感ぜんか、これ即ち種子の發芽する時なり。語りて之を妨ぐること勿れ、靜かに、秘かに之をして其成育を得しめよ」とは、實に一靑年士人の其日記に記したる所なり。巧言麗辭を弄して、己が衷心に存するもの、殊に宗教的なる思想感情を縷叙すること、吾人は寧ろ之を認めて、其思想感情の幽深ならず、又た誠實ならざるを確證するものなりとす。

新字:心念の洵に至誠熱烈なる雄弁に溢るゝ時に於ても、能く之を内に制する能はずして舌を弛め、唇を開いて、之を言語に洩すが如きは幾んど稀なり。漫に精神上の実験を声に発せんことを勧むるは、即ちモーゼの第三戒(汝等神の名をみだりに唱ふべからず)を破ることを慫慂する所以なり。日本士人の耳は、鳥合の聴衆に向つて、最も霊奥なる言語、最も秘密なる情念の実験を吐露するを聞くことを厭ふ。『汝の霊魂の土壤よりして、温爽なる思想の微動するを感ぜんか、これ即ち種子の発芽する時なり。語りて之を妨ぐること勿れ、静かに、秘かに之をして其成育を得しめよ」とは、実に一青年士人の其日記に記したる所なり。巧言麗辞を弄して、己が衷心に存するもの、殊に宗教的なる思想感情を縷叙すること、吾人は寧ろ之を認めて、其思想感情の幽深ならず、又た誠実ならざるを確證するものなりとす。

書き下し

心念のまことに至誠熱烈なる、雄弁に溢るる時に於ても、能く之を内に制する能はずして舌を弛め、唇を開いて之を言語に洩すが如きは、ほとんど稀なり。みだりに精神上の実験を声に発せんことを勧むるは、即ちモーゼの第三戒を破ることを慫慂する所以なり。日本の士人の耳は、烏合の聴衆に向つて、最も霊奥なる言語、最も秘密なる情念の実験を吐露するを聞くことを厭ふ。『汝の霊魂の土壌よりして、温爽なる思想の微動するを感ぜんか、これ即ち種子の発芽する時なり。語りて之を妨ぐること勿れ、静かに、秘かに之をして其成育を得しめよ』とは、実に一青年士人の其日記に記したる所なり。巧言麗辞を弄して、己が衷心に存するもの、殊に宗教的なる思想感情を縷叙すること、吾人は寧ろ之を認めて、其思想感情の幽深ならず、又た誠実ならざるを確証するものなりとす。

現代語訳

心がまことに誠実で熱烈であり、雄弁が溢れるときにおいても、それを内に抑えきれずに舌を緩め、唇を開いて言葉に漏らすようなことはほとんど稀です。みだりに精神上の体験を声に発することを勧めるのは、モーセの第三の戒めを破るよう仕向けることです。日本の武士の耳は、寄せ集めの聴衆に向かって最も霊妙で奥深い言葉、最も秘密の感情の体験を吐き出すのを聞くことを嫌います。汝の魂の土壌から、温かくさわやかな思想がかすかに動くのを感じたなら、それは種が芽を出すときである。語ってそれを妨げてはならない。静かに、ひそかに、それが育つのを待て、というのは、実にある青年武士が日記に記した言葉です。巧みで美しい言葉を弄して、自分の心の中にあるもの、とくに宗教的な思想や感情を細々と述べることを、私たちはむしろ、その思想や感情が深くなく誠実でもないことの証拠だと認めます。

解説

語らないことの意味が説かれます。青年武士の日記の一節が美しく、思想の芽生えを種の発芽に喩えて、語ることがそれを妨げると言う。言葉にすると固まってしまい、育たなくなるという感覚です。そして深い思いほど流暢には語れない、という判断が示されます。よく語れることが浅さの証拠だという見方は、饒舌が評価される場では特に考えさせられます。

この章句が説くこと

克己沈黙成長誠実饒舌

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