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武士道 / 第十一章 克己・屏の後ろで病児の呼吸を数える

之を家庭に見るに、兒子の病に臥するや、親心の闇に迷ふを曉られじと、終夜病室の屏後に潜みて、病兒の呼吸を數へたるもあり。臨終の期にも愛子の勉學を妨げんことを憂へ、敢て之れが歸省を肯ぜざりし母もあり。我國の歷史と、人々日常の生涯とは彼のプルターク英雄傳中の凛烈悲壯最も人を動かすべきベージにも儔ふべき、英邁剛毅の母の實例に充てり。若し夫れイアン、マクラレンの筆を倩ひ來らん乎、我國農民の間に於けるも、亦た幾多の賢母マルゲツト、ホーの在るを覽るに難からざるべし。我國基督教會に於て、所謂信仰復興なるものを見ること稀少なる所以は、一に此自制の修養あるを以てなり。男子にもあれ、女子にもあれ、其靈魂に感激する所あれば、其本能は先づ、之を抑へて、些かなりとも外に現はさゞらんことを努む。

新字:之を家庭に見るに、児子の病に臥するや、親心の闇に迷ふを暁られじと、終夜病室の屏後に潜みて、病児の呼吸を数へたるもあり。臨終の期にも愛子の勉学を妨げんことを憂へ、敢て之れが帰省を肯ぜざりし母もあり。我国の歴史と、人々日常の生涯とは彼のプルターク英雄伝中の凛烈悲壮最も人を動かすべきベージにも儔ふべき、英邁剛毅の母の実例に充てり。若し夫れイアン、マクラレンの筆を倩ひ来らん乎、我国農民の間に於けるも、亦た幾多の賢母マルゲツト、ホーの在るを覧るに難からざるべし。我国基督教会に於て、所謂信仰復興なるものを見ること稀少なる所以は、一に此自制の修養あるを以てなり。男子にもあれ、女子にもあれ、其霊魂に感激する所あれば、其本能は先づ、之を抑へて、些かなりとも外に現はさゞらんことを努む。

書き下し

之を家庭に見るに、児子の病に臥するや、親心の闇に迷ふを暁られじと、終夜病室の屏後に潜みて、病児の呼吸を数へたるもあり。臨終の期にも、愛子の勉学を妨げんことを憂へ、敢て之れが帰省を肯ぜざりし母もあり。我国の歴史と、人々日常の生涯とは、彼のプルタークの英雄伝中の凛烈悲壮、最も人を動かすべきページにも儔ふべき、英邁剛毅の母の実例に充てり。もし夫れイアン・マクラレンの筆を借り来らんか、我国農民の間に於けるも、亦た幾多の賢母マーガレット・ハウの在るを覧るに難からざるべし。我国基督教会に於て、所謂信仰復興なるものを見ること稀少なる所以は、ひとへに此自制の修養あるを以てなり。男子にもあれ、女子にもあれ、其霊魂に感激する所あれば、其本能は先づ之を抑へて、些かなりとも外に現はさざらんことを努む。

現代語訳

これを家庭に見ると、子が病に臥したとき、親心が闇に迷うのを知られまいと、一晩中病室の屏風の後ろに潜んで、病む子の呼吸を数えた者がありました。臨終のときにも、愛する子の勉学を妨げることを心配して、あえて帰省を許さなかった母もありました。わが国の歴史と人々の日常の生涯は、プルタークの英雄伝の中の凛烈で悲壮な、最も人を動かすページにも比べるべき、英邁で剛毅な母の実例に満ちています。もしイアン・マクラレンの筆を借りて来たなら、わが国の農民の間にも多くの賢母マーガレット・ハウがいるのを見るのは難しくないでしょう。わが国のキリスト教会において、いわゆる信仰復興というものが稀にしか見られない理由は、ひとえにこの自制の修養があるからです。男であれ女であれ、その魂に感激するところがあれば、その本能はまずそれを抑えて、少しも外に現さないよう努めるのです。

解説

抑制の最も痛ましい姿が、母の二つの例で示されます。屏風の陰で病む子の呼吸を数える母、臨終にも子の勉学を優先して帰省を許さない母。愛がないのではなく、愛を見せないことを選んでいます。そしてこの自制が、キリスト教の信仰復興運動が日本で広がらなかった理由だと説明される。感情を表に出すことを求める宗教の形式と、抑制の文化が噛み合わなかったという分析です。

この章句が説くこと

克己抑制愛情信仰

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